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元勇者の趣味3

 

 自慢じゃないが俺のマイホームのキッチンはとても充実している。そこらへんの一般家庭とは比べることがおこがましいほどだ。

 

 もちろん自慢ではない。

 これはまごうことなき事実であり、純然たる真実なのだからもし仮に自慢のごとく聞こえてしまったとしたら申し訳ない。

 

 ほんと、マジで、自慢じゃないよ?


 とまあ、無駄に行数を使ってしまったわけだが、なぜ俺の自宅のキッチンが充実しているかというと家を建ててもらった際に俺が注文していたからだ。

 

 食べるものに関して多大にこだわりがある俺としては、この注文だけはどうしても譲れなかったのである。国の計らいだから別に譲る必要はないのだけれども。

 

 斯くして、俺の「キッチンの設備は豪華によろしくねっ!」という我がままを真摯に受け止めた国は最新鋭の設備を妥協せずぶっこんでくれたわけだ。

 

 初めて、その設備を目にした時は目から鱗どころか、天井に頭をぶつけてしまうくらい喜んだものだ。

 実際、うっかり身体強化して天井に頭をぶつけてしまったくらいに。

 

 そんな俺の(・・)キッチンの設備についてだが、だれに対してかは知らないが紹介していきたいと思う。

 

 まず、魔冷蔵庫。

 

 これがとにかく凄い。買ってきた食材が傷まないのだ。普通の家庭だと、傷みやすい食材は、買って一日二日で食べてしまわないと腐ってしまうのだが、この魔冷蔵庫があれば、食材の保存期間を通常の倍以上に延ばすことができる。


 稼働するための水系の魔石が高いのだが勇者として戦った見返りとして国から多額の報奨が与えられているため、金銭面での心配はない。


 食材が腐らない保存方法に空間魔法というものがあるのだが、あれは、魔法の才能がない限り習得するのに途方もない年月がかかるうえに魔力効率が悪く、一線で活躍するベテラン商人の極わずかしか使う者がいない代物である。

 

 次に、魔レンジなるものだ。


 これには感動したものだ。

 作ってしまっても料理というものは時間の流れとともに冷めてしまうものだ。

 せっかく作った料理も温かいうちに食べるのが美味しいという料理も少なくない。

 

 そんな時に活躍するのがこの魔レンジである。

 この魔具の使い方を知り、試した時の心の昂ぶりようは今でも思い出せる。

 それほどまでに衝撃的な品だったのだ。

 

 他にも魔水道や魔コンロ、魔オーブンなるものなどあるのだが、このままのテンションで話していけば話が終わりそうもないので一旦ここらへんにしとくことにする。

 

 そのように俺が心の中で天に向けて一生懸命キッチンの設備の素晴らしさを自慢していたら、


 「いつも作ってもらって悪いから、たまには夕食の準備手伝ってあげるわよ」


 なぜか上から目線の物言いで理解に苦しむことを言ってくるツンさんがいた。

 

 このようなトゲのあるような言い方をしてくるのは我が家には一人しかおらず、声がした方を振り向くとそこにいたのは、ラフな格好をしている妖精種エルフ族のイリスさんであった。

 

 外に出かけている時はピシッとしたいで立ちなのになぜか家にいる時はラフすぎるのは何故なのだろうか。


 もうちょっと漢の視線というものを気にした方がいいのではないだろうか。

 確かに、スレンダーな体型をしているものの、女性らしい体つきをしているところは他の女性とは変わらないのだからもうちょっと気を配ってほしい。

 

 それとも俺が男として見られていないから別に問題ないと判断しているのかもしれない。

 いや、その可能性が高いな。

 俺は漢だし。


 「手伝ってくれるのはありがたいんだが、そもそもイリスって料理できったけ?」

 「愚問ね。そんなのできないに決まっているじゃない?」

 「『じゃない?』じゃねえよ! おい、それでよく手伝おうなんて言えたものだな?」

 「ほら、私にも隠された料理スキルが眠っているかもしれないじゃない。それが今開花するかもしれないじゃない。いえ、きっとそうだわ! 何かそう思ったら開花しそうっ!」

 「産まれそうっ! みたいな妊婦のような言い方をするんじゃない。――そういや、思い出したぞ、昔お前とクロエに料理を作らせたことがあったな。そうだ、その時の料理が料理じゃなかったから俺が冒険者時代も料理当番になったんだったっけ……」


 昔、といっても数年前のことだが、俺たちがまだ冒険者だった頃、何故か不自然に俺がいつも料理当番になるので、不思議に思い試しにクロエとイリスに料理を作らせてみたことがあった。

 

 その時にできた料理を思い出すと今でも胃の中から食べ物が逆流してくるような感覚がする。


 まず、クロエの料理だったが彼女曰く「ワタクシの愛情が多分に入った愛妻料理でございます」と言いながら出されたのは毒々しい色をしたドロドロした液体で、到底食べ物には見えなかった。

 

 「まあ、見た目はあれだけど、大事なのは味だよな」とか思いながら一口食べたのだが、そのあとの記憶が存在しない。


 次に目を覚ました時には翌日になっていたのである意味トラウマものである。

 

 それ以来、絶対にクロエには調理場に立たせたことはない。

 

 次にイリスであるが、ぶっちゃけどういう料理だったかあまり覚えていないのだが激マズだった記憶だけは残っている。

 食えないことは無かったのだが……。

 記憶が曖昧だったため、料理できるか一応イリスに確認した次第である。


 「それは昔のことよ。今は違うかもしれないじゃないのよ」

 「それ以降お前たちが料理しているのを見たことないんだが……?」

 「何よ! せっかく私自ら手伝ってあげようって言ってるのに断るっていうの? それとも何よ! あたしが作った料理が食べられないとでも?」


 そう言って、俺をキリッと睨んでくるイリス。

 

 んっ?

 昔同じような脅され方をしたことがあるような。

 これがデジャヴというやつだろうか。


 それでもだ、料理が食べられないとかの前提に今回は俺がメインで味付けを行うのでイリスの料理を食べてしまうということにはならないだろうから大丈夫だろう。

野菜くらいなら切れるだろう。


 そのため、イリスの言葉を一旦受け流し、


 「分かった、分かったから落ち着いてくれ。とりあえず、味付けには手を出さないでくれ、手伝ってくれるなら頼むからそれだけは約束してくれ。その代わり、野菜の下ごしらえを手伝ってくれると助かる」


 そう約束をとりつけながら野菜を手渡すと――しょうがないわね――と言いながらも野菜を受け取り包丁を取り出した。


 「それで今日は何を作るのよ?」

 「鍋だよ、鍋。町で野菜が安く手に入ったから久しぶりに作ろうと思ってな」


 昨日、家庭農園を作るための材料やらを買いに行った際に、丁度同じ店に鍋の食材が安く売っていたのである。それで、今日の夕食の献立は鍋ということになったのだ。


 「そうなの。じゃあ、そこで黙ってみていなさい、すぐに下ごしらえなんて終えちゃうんだから」


 腕まくりをしながら、快活な様子でそのように宣言し、野菜を切り始める。

 それから少しして、俺が、鍋に入れるつみれを作ろうと準備を始めると――

 

『ドスッ! ドスッ!』 

 

 と、何やら隣から怪しい音が聞こえてきたので振り向いてみる。

 そしたらイリスが包丁片手に上段構えのポーズで包丁を野菜に振り下ろす姿が見えた。


 「っておい?! なんで、こんなにぶつ切りなんだよっ! これじゃあ、口に入るけど大きすぎて噛めないじゃねえか!! これだとただの素材そのものをぶちこんだだけの鍋になっちまうぞ!?」


 それはもう具材というよりは、野菜の塊と称した方がいい塊だった。

 いや、むしろどうやったらそんな形になるんだよと思わないでもない。


 「だって、しょうがないじゃない! 料理なんて久しぶりなんだもん。ちょっと勘が鈍っていただけよ。次こそは綺麗に切断して見せるわ」


 おいおい。

 前提として、野菜の下ごしらえに『切断』なんて単語使わないよ。

 心の中でそう思ったが、あえて口には出さず、またイリスが野菜を『切断』するのを、次は自分の作業を中断して黙ってみてみると――


 「変わらないじゃねえか! もういい! あとは俺がやるからイリスはもう引っ込んでてくれ、むしろ邪魔だ!」


 それでもなお、何も変化がなかった俺は遅々として夕食の支度が進まない状況と無残な姿になっていく野菜たちをみて、ついカッとなってそのように口走ってしまった。

 

 俺の言った言葉に対し、イリスはみるみる顔を赤くさせ、目に涙を浮かべながら、キッと俺のことを睨み――


 「――っ?! 何よ、せっかく手伝ってあげようと思ったのにシンのバカ神!」


 『シュッ』


 包丁を俺に投げつけ、そう叫んで自分の部屋へと走っていってしまった。

 俺が元勇者じゃなかったら冗談で済まないことになっていたので包丁を投げるのはやめてほしかったが、シーンと静まり返ったキッチンに一人取り残された俺は、自分の短慮さと泣かせてしまったイリスの顔を思い出して気まずい思いになるのだった。



 その後、残された夕食の準備を終え、少し間を空けてから自分自身も落ち着きを取り戻した後、イリスの部屋へと向かった。

 

 コンコン。

 

 二度部屋をノックし、俺だけど――と告げるとイリスの部屋から身じろぎをする音がかすかに聞こえた。


 イリスが部屋にいる事を確かめた俺は、


 「……イリス。さっきはすまん、俺も言い過ぎた。だから機嫌なおしてくれないか。謝れって言うなら何回でも謝るからさ……それにせっかくできた鍋が冷めちまう、みんなも待ってるしさ」


 イリスが自信満々にやる気を出していたのを信頼して任せたのだが、だからといって料理が久しぶりであり、かつ苦手だと知っていたのにイリスに手ほどきもせず、任せてしまった自分自身にも非があり、また流石に言葉が過ぎたという自覚もあるので素直にイリスに謝った。

 

 俺の言葉を聞いたイリスは、スタスタと足音をかすかにたてながら部屋の扉の方まで歩いてきて、ソッと扉の隙間から顔を覗かせる。


 すると、涙目で俯きがちになりながらも俺をしっかりとその目で睨み付けながら、


 「グスッ。ふんっ、何よシンのバカ。許してなんてあげないんだから。でも、どうしてもって言うなら今度どこかに二人で(・・・)遊びに連れってくれたら許してあげないこともないわよ」


 と、いつものイリスらしいツンとしたもの言いで言葉を返してきた。

 

 そのいつもの態度にわかずかながら安心した俺は、その言葉に微笑みながら大きくうなずき返し、


 「――分かったよ。そんなことでいいのなら明日にでもどこか遊びに連れていくからもう泣き止んでくれないか? その、俺も悪いとこあったからさ。ほんとすまん」


 もう一度詫びを入れ、イリスの要望に応えることにした。

 その言葉に満足したのかソッと指の甲で目元をぬぐいながら、


 「グス。分かったわよ。約束よ? 明日二人でお出かけよ? 嘘はダメなんだからね?」

 「あぁ、約束する。ほら小指出せ。これで約束だ」


 イリスとの約束を守るために小指を出させて差し出した自分の小指と絡ませる。


 「えへへっ。絶対よ、シン。……あと、私も悪かったわ、ごめんなさい」


 そういいながら、ニヘラッと顔を綻ばすイリスのその目からはもうしずくが落ちることはなかった。


ちょっと最後の方が強引すぎたかな?

今回も読んでくださりありがとうございました。

1,2,3とそれぞれ違う娘とのふれあいでしたが次は誰の回になるのでしょうか。

自分でも楽しみです。


ツイッター始めました。

https://twitter.com/gokubosokeito



変わる可能性もありますが。

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