魔性の女
俺は見透かされているような気がして、目の前にいる女性に対して恐怖を覚えた。
そして彼女は口を開いた。
「あなたの話を聞かせて、それが面白かったら私の名前を教えてあげる。」
彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
俺は、この場合の正解は彼女の言うとおりにすることだと即座に判断できた。
しかし、話す内容が分からなかったためとりあえず自分の好きな本について話した。
「面白いかどうかは分からないが、俺の好きな本は『椿姫』です。この本をよんだ瞬間に、今まで思っていた恋愛とは何なのか考えるようになりました。そして、真実の愛について探求するようになっていきました。でも、答えを導き出すことはできなかませんでした。うまく言えないけど、これだけは確実に感じた。この本に描かれている愛はとても美しく、人間味があると。先輩はこの疑問についてどう考えますか?」
これが俺の精一杯だった。
「面白い話ではないから本来はだめだけど、私の興味をそそる内容だったから特別に合格にするわ。約束通り私の名前を教えてあげる。私の名前は花屋敷 風といいます。よろしく。」
「いや、その名前は違う。だってあなたはの名前は森 花子のはずだ。」
俺は思わず、そう言い返してしまった。
「やはり、そのことを知っていましたね。勘次郎くん、君は私の予想通りの人だ。君は私のようにこの図書館をよく利用するわけではないが、1つだけお互いの共通点があるわ。それは、人が読んでいる本の題名を知りたがることよ。あなたは私が谷崎潤一郎の本を読んでいるのに気がついた。それからあなたは、いろいろな人から情報を集め私の名前にたどり着いた。その行動力と洞察力は私の見込んだ通りだわ。だが、残念なことはこの世の中ではあなたの才能は役に立たないわ。むしろ排除されるべきものだわ。」
この世界では、谷崎潤一郎は書物は禁書の中では第一級として定められている。
読んでいるだけでも罪に問われることがある。
まさにおかしい世界である。
自由に本を楽しむことさえも出来ないのである。
科学者たちは、禁書にするだけでは効果が薄いため、国指定の作家という職業を生み出し、禁書になった本と同じ題名で、内容が全く違う本を書かせた。
作品タイトルを上書きさせることで多くの人の、情報を書き換えることに成功した。
花屋敷風は話を続けた。
「勘次郎くん。君は私に比べてとても慎重だったね。君は泉鏡花の本を読んでいたね。泉鏡花はロマン主義と幻想文学については、今も評価されている。しかし、観念小説については排除されている。君はその観念小説である『外科室』を読んでいたね。これは、よほどの知識がないかぎり気づくことはできないよ。そう、君自身私みたいな人と出会えることを期待していたんでしょう。君にはアナーキストになる自身がなかった。科学者たちに逆らってもいいことは何もない。だから、背中を押してほしかった?違う?」
彼女の言葉を否定することができなかった。
「その通りですよ。俺は古典文学好きだ。だから、今まで偉人たちが積み上げてきたものをなかったことにするのは許せない。そして、いろいろな愛の形について多くの人に知ってほしい。それが俺の望みだ。ただ、それを決心する勇気がなかったんだ。」
俺は心の奥深くに眠っていた感情を吐き出した。
「やっと、本心で話してくれましたね。そのお礼に今あなたが知りたがっていることを2つ教えてあげる。あなたがさっき私にした質問の答えはこうよ。私も『椿姫』の愛は素晴らしいものだと思うよ。あなたがそこに、美しさを感じたことは人間として間違っていないわ。私達以外の人が異常なのよ。そして、この花屋敷という名字はあなたが考えているとおり、花屋敷剛真と関わりがあり、彼から譲り受けたものよ。私はこの名に恥じぬように、全力で科学者たちと対立し、国民に思いを訴え続けるわ。」
彼女のその言葉に圧倒されてしまった。
「私はね。これから君にあるゲームに挑戦してもらおうと考えているの。それにクリアすることが出来たなら、3年後、君は私からの最高のプレゼントを受け取ることになるよ。そして、そこからが君のアナーキストとしてのスタートだ。」
「あるゲームって何ですか?それに、最高のプレゼントって………。」
「悪いけど、今日はもう時間がないから。先に失礼するね。」
彼女はそう言うと、俺の横で足を止め突然頬にキスをした。
俺は一瞬我を忘れてしまった。
そんな俺に構わず、彼女は図書館から出て行った。
「ゲームスタート……。」
花屋敷風はそう呟いた。
その日の夕方、同じクラスの住田奈々が行方不明という連絡がまわった。