91 魔王の配下?
再びキューラの両腕に灯った炎……魔拳。
その痛みと熱さに耐えながら、キューラは拳を振るいガルタを仕留める。
初めて人を殺めてしまったキューラだったが、予想とは違う決着に呆然としていた。
しかし、すぐに腕は痛みを訴えた……仲間達に心配される中、ゴブリンに囲まれている事に気が付いたキューラは逃げろとクリエへと伝える。
だが、クリエはそれ聞き、初めてキューラに対し怒りを覚えている様だった。
「え……あ、いや……」
「そんなの絶対に嫌です!」
クリエは眉をひそめ怒りに黄金の瞳を揺らしながら俺を見る。
そして、剣を再び構えるとまるで俺を守るかのように立つ。
彼女の言葉や行動は勿論ありがたい。
だが、事はそれで済むわけがない……。
「トゥスさん!」
「………………」
それは分かっているはずなのに、トゥスさんも怒っているのか口を利かず銃に弾丸を込めていた。
どうする? このままじゃ二人共……俺は焦りつつ状況を打破する策を練り始めたが……俺の頭じゃ限界がある。
その間にもゴブリン達はじりじりと俺達を追い詰めてきた。
そして、ついにクリエがゴブリンへと斬りかかろうとした時――。
「どけ!!」
その声は辺りに響き渡り、ゴブリン達は道を開ける。
「……!」
この場で他に人はいない。
ゴブリン達をどかしたのは俺が始めで出会った時と同じ姿の幼女クリュエルだった。
彼女は此方へとゆっくりと近づいて来る。
その間、自身の姿を確認するかのように腕や足に視線を送り――やがてある程度の距離を開けた場所で鎌を構える。
「お前、何で……」
てっきり斬りかかってくると思っていた俺は予想外の質問に黙り込んだ。
それが気に入らなかったのだろうクリュエルは片足で強く地面を踏む。
「何で魔王様を屑呼ばわりした!!」
「え……あ……」
やっぱり助けたからと言ってもその意志は変わることはないか……この様子じゃ消えた奴らも戻してもらえそうもないな。
魔王なんかについてても良い事はないと思うが、こればっかりは仕方がない。
「お前はずっと魔王に仕えてた。それも命令だって嫌がらずやってたんだろ? だったら、そんな忠実な配下を見捨てる奴は屑だろ」
だが俺だって意見を変えるつもりはない。
そして、同時に――。
「お前はこれからも魔王に狙われるかもしれない、此処は大人しく引いて……安全な所に身を隠せ」
「――!」
これからそうなるであろうことを俺は伝える。
クリュエルは信じていないのだろうか、プルプルと震え始め……俺と言えば相変わらず引かない痛みに耐えていた。
すると、頭の上が不意に軽くなり、何か冷たいものが右腕へとまとわりついた。
「ライム?」
若干心地よい感触がして俺は思わず使い魔の名を呼ぶ。
そうか、こいつはセージスライムだった……恐らく俺の腕を治そうとしてくれているのか……。
「と、とにかく襲って来ないなら俺達は去るよ、此処の事も言わない。だけどお前もここは早く去った方が良いぞ?」
「そうですね、此処に子供がいるって事は街でも聞きましたから」
「…………甘いね、二人共」
そう言いつつ撃たないトゥスさんも同類じゃないか? と思いつつ俺達はクリュエルの横を通り過ぎる。
敵意は無いみたいだし、襲ってくることもないだろう。
「…………て」
それにしても、これで一応敵の幹部らしき者は二人減ったのだろうか? それとも一人も減ってないのだろうか? クリュエルの方が襲い掛かってきたらどう勝つか悩んだ所だが、あのガルタって奴は意外に弱かったし、幹部ではないのかもしれない……。
気になるな……。
「ま…………」
なんにせよ、呪いを扱う奴は確実に減った。
それだけでも良しと――。
「待ってって言ってる!!」
「――――っ!?」
叫び声に近い声と共に左腕の痛みが増し、俺は思わずその場で跳ねるかのように体を反応させてしまった。
「っ~~……」
そして、悶え始めると――。
「キュ、キューラちゃん!?」
「あ…………ぅ……!?」
腕をつかんだ張本人とうちの勇者様は同時におろおろし始めた。
痛いでは済まなかったが、これで分かった事はある。
少なくとも今はクリュエルには最早敵意は無い。
今はどうしたらいいのか分からないのだろう。
だが、涙目でくっつくのは止めてくれ……。
「…………キューラちゃん?」
「なん……? っ!?」
クリエに名前を呼ばれ反応すると彼女は右腕を取り、それに驚いたライムはするりと頭へと移動をする。
当然怪我が治ってるわけがなく俺は叫ぶことすらできなかった。
そして、何故かクリュエルににっこりと笑みを向けている。
どこか怖い顔にも見えるが……それよりも二人共……。
「う、腕を……離し、てくれ……」
「「嫌です」」
クリエが即答をするのとは別にあっさり離れてくれたクリュエル。
するとライムは今度は左腕に移動をし治療を始めてくれた。
「ク、クリエ……」
「嫌! です!」
離れる気はないらしい彼女に困惑しつつ、俺は少女の方へと目を向けた。
待ってと言っていた事からなにか言いたい事があるのだろう……。
「どうしたんだ?」
俺が少女に尋ねるとゆっくりと口を動かすのだった。
「そ、その……怪我……これ使っていい」
そう言って差し出されたのは透明な液体が入っている瓶。
「お、おま……貴方にも魔族の血が流れてるなら効果があるはず」
「ん? 魔族とこの薬は何か関係があるのか?」
さっぱりわからないな。
そんな事を考えているとトゥスさんが瓶を受け取りまじまじと見始めた。
そして徐に瓶の蓋を取り匂いを嗅ぎ始めた。
「多分魔族の作る霊薬だね。普通の薬なんかに頼るよりは全然良いはずだ。セージスライムから作れるポーションほど効果はないだろうけどね」
「いいのか?」
すっかり肌の色が戻った少女はプイっとそっぽを向いてしまうが――。
「…………」
「ありがとうな」
黙り込む彼女に礼を告げるとピクリと身体を揺らし、少女は顔を赤らめた。
お礼を言われることになれていないのかもしれないな。
そんな事を考えつつ俺はトゥスさんの方へと向き――。
「悪い、自分じゃ塗れそうもない」
「分かった任せておきな」
口角を釣り上げるエルフを見て少し嫌な予感がよぎったのだった。




