78 儀式
精霊の泉……神が降りる場所とも言われるそこにあったのは小さな小屋だった。
そこで勇者はどうやら身を清めるらしく、着替えるとの事だ。
キューラはそんな彼女に引きずられて行ってしまい……思わず助けを求めたのだが、それは叶わなかった。
結論から言おう、俺は助かった。
「………………」
訳ではない、薄い扉の向こう側から布が擦れる音が聞こえる。
引きずられていった先に扉を見つけた時はほっとしたが、見えない分逆に心臓が破裂しそうだ。
当の本人は気にせず俺を部屋に連れ込もうとしてたが、勘弁してほしい。
俺は男だって言ってるのに女の子になってれば良いとか……もし他の混血がこうなった時、ついてくるとしたら心配になってくる。
そいつが良からぬことを考えないとは限らないんだからな。
そんな事を考えていると着替え終わったクリエが戻ってきた。
ここはちゃんと言っておかないと、彼女の身を守る為でもある! そう思い俺は顔をそちらへと向けた。
「あのな――ク、リエ……」
固まってしまった。
「どうしました? キューラちゃん」
「…………」
どうしましたと言われても、俺が固まっているのは顔を赤らめつつ、笑みを浮かべた少女……クリエが身に着けている物が原因だ。
白い衣装は薄く水にぬれなくとも若干透けている。
「な、何て言う格好してるんだよ!?」
「こ、こういう衣装なんです! あまり……その見られるのは恥ずかしいですね、服を着てない方がましだと思えます」
「そ、そうだな」
だから俺を部屋に連れ込もうとしたのか? 確かに裸より恥ずかしいなこの格好は……。
「でも、キューラちゃんが着てくれたら、似合いそうですよねっ!」
クリエはそう言うと歪んだ笑みを浮かべ――。
「うへへへ……」
頬を更に赤く染め身をよじらせる彼女はとてもじゃないが勇者には見えない。
しかし、今回は目的をすぐに思い出したのだろう、はっと表情を変えると――。
「早く身を清めてしまいましょう」
「そうだな、そうしよう」
俺はクリエと共にトゥスさんの元へと戻る。
すると、彼女は椅子に腰かけ机には数種類の綺麗な石が置かれていた。
「それ、宝石か?」
「いや、精霊石の原石さ」
原石の方が綺麗なんて珍しいな……なんて事を考えつつ、それを見つめていると彼女は俺の方へと目を向けた。
「純度が高くて、扱いが難しいんだ。だからワザと別の物を混ぜて純度を下げてる。こんなの原石のまま扱えるとしたら魔族、それも魔法の才能にあふれる奴だけだよ」
「そうだったんですか……」
「それよりも早く清めの儀式を済ましちまいな、まだ日が高い内にやらないと風邪ひくよ」
トゥスさんに促され、クリエは俺の手を引き小屋の扉へと手を掛けた。
俺がついて行く理由はあるのだろうか? 疑問だが――出来ればここで待っていたいんだが――。
「その、俺も行かなきゃダメか?」
「従者は泉に入る必要はありません、ですが、泉にある魔力は最も近くに居る従者との絆を深めるとも言われてるんですよ」
なるほど、でもそれだったら彼女の従者は俺一人なんだし別に気にする事はないだろう……。
しかし、魔力か……クリエの魔力はまだ正常ではないはずだ。
トゥスさんが止めない以上、危険な事はないんだろうけど心配な物は心配だな。
仕方ないか……。
「分かった」
俺は覚悟を決め、彼女について行くことにした。
何かがあるまで目を向けない様にすればいいだろう……。
クリエが泉へと入るのを確認し俺は彼女に背を向ける形で儀式が終わるのを待つことにした。
さて、まだ暖かいけど、水浴びをしたら寒いだろうから拭く物を用意しておこう……。
そう考え荷物の中からタオルを取り出した所で気が付いた。
「ん?」
ふと右目に靄がかかったように感じ、軽くこする。
だが、靄は依然かかったままだった。
俺が右目の不調を気にしつつ、クリエの為に用意をすると、クリエが身を清めだしたのだろう水の音が聞こえ始めた。
「よし」
取りあえずはタオルとお湯を沸かして暖かい飲み物の準備は出来た。
後はクリエを待つだけだ。
「キューラちゃん、終わりましたよ」
クリエが俺に声をかけるのと同時にお湯も沸いた様だ。
俺は彼女を見ない様にタオルを渡し――。
「先にこれ、渡しておくよ」
「ありがとうございます」
大き目な物を渡したしそのまま、タオルを身に纏った彼女は右隣りに座る。
水が滴るクリエに思わずドキリとしてしまうが、仕方がないだろう……寧ろ彼女ほどの美人にそうならない人はいないはずだ。
俺は先程とは違う意味で心臓が早くなりつつもお茶を入れようとしコップを掴もうと手を伸ばす。
「……ん?」
だが、どういう訳か右にあったコップを掴みそこね、首を傾げるとそれを見ていたクリエは心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたんですか? そんなに近くにあるのに……」
「いや、多分疲れてるだけだ」
ここまで歩いてきたとはいえ、城でしっかりと休んでいたんだ、言い訳としては苦しいだろう。
「そう、ですか?」
「ああ、ちょっとだけ目が霞んでるんだ。しっかり休めば治るさ」
こういう事はたまにあるだろうし、そのうち治るはずだ。
それに、特に気にするほどじゃないからな……そう思いつつ今度はしっかりとコップを掴み、お茶を注ぐとクリエへと手渡した。
「なんだい、アタシは仲間外れかい?」
様子を見に来てくれたのだろうトゥスさんは俺達を視界に納めると特に気にしても無さそうな表情でそんな事を言う。
俺は勿論仲間外れにするつもりなんかない。
ちゃんと彼女の分のコップも用意してある。
「いや、丁度呼びに行く所だったよ」
だからそう口にし、もう一つのコップへと同じようにお茶を淹れトゥスさんへと渡す。
右目が見づらいから左目でしっかり見ながらそうしたのだが――。
「お嬢ちゃん右目どうしたんだい?」
「え? ちょっとだけ霞んでるんだ……すぐに戻るよ」
そう言って彼女にもお茶を手渡すと――。
「……そうかい」
トゥスさんはそう言ってお茶へと口をつけたのだった……。




