59 立ち上がったカイン
キューラに手はない。
だが、そんな中クリエはチェルに身体強化の魔法をかけてもらえるか聞く。
しかし、チェルはクリエでは無理だといい、その場を切り抜けられるのはカインだという……
キューラ達は彼が目覚めるまで待とうと決めたその時、少年はふらふらとしながらも立ち上がるのだった。
ふらふらと立ち上がる少年はどう見たって立っているのがやっとだ。
鉄扉を壊すなど、到底不可能だろう。
普通ならそう思う……いや、今まさにそう思っている。
しかし、彼はクリエから剣を受け取ると鞘から刃を滑らせ――
「……チェル」
力無く、少女の名を呼んだ。
その声に頷いたチェルはカインの傍へと寄り添うように立つ。
「我らへとその尊き愛を注ぐ神々よ、汝の子たる我らに牙を向ける邪なる者達へと裁きを与える剣を与えたまえ……」
詠唱を唱え……
「ストレングス」
その名と共にカインの身体に光が注がれていく……
あーもう、なんだこれ……ゲームやアニメのヒーローとヒロインって感じだなこの二人は……などと再び頭に思い浮かべていた刹那。
「うわぁ!?」
突風が吹き荒れ、俺は思わず顔を覆った。
だから、その時何が起きたのかは分からない。
しかし、次に視界が開けた時にはそこにはカインの姿が無かった。
倒れたのだろうか? そう思い床を見ても彼の姿は無く、焦り探した時――
「…………」
――扉の前に立ち尽くす少年を見つけた。
やはり無理だったのだろうか、鉄の扉は其処にあり、一向に開く気配はない。
だと言うのに少年は振り返るとその顔に笑みを浮かべていた。
駄目だった……でも、彼を責めるつもりはない。
例え失敗でも、あんな怪我をしていたのに治ってすぐ動いてくれたんだからな……
そう、思っていたのだが――
「お、おい! 早くこっちに来い!!」
トゥスさんが何かに気が付き焦ったような声を出す。
その理由はすぐに分かった。
鉄扉がまるでずるりとでも音を立てるかのように動き、カインに向かって倒れ込もうとしていた。
まずい――! そう思った時には身体が動いており、俺は彼へと手を伸ばす。
「カイン!!」
名前を叫び、どうにか彼を助けようとしたのだが、俺の手は届かず――
「――クソッ!!」
もう駄目だ……カインが扉に潰され――死ぬ――
そう思った時、一人の女性が俺の横を通り過ぎるとカインを掴み、その場から移動をする。
そのすぐ後に轟音が部屋の中へと鳴り響いた……
「クリエ!! カイン!!」
そう、俺の横を走って行った女性はクリエだ。
彼女は倒れた鉄扉を見てすぐにカインへと目を向ける。
そして、最後に俺の方へと顔を向け――
「大丈夫です、カインさんに怪我はないですよ」
「いや、カインは勿論だけど、お前の事も心配してるんだが……」
そう言うと彼女は一瞬きょとんとした後「うへへ」と笑い始めた。
ま、まぁお蔭でカインは助かったし、二人に怪我が無いならそれで良い。
俺はそう思いつつ、カインの方へと寄る。
「お前の火事場の馬鹿力のお蔭で助かったよ、カイン……」
「なんだ……それ……?」
「危険な時、いざって時に出る力の事だよ」
そう言うと彼は「それ良いな」と呟き気を失ってしまった。
さて、後はカインを連れて俺達は此処を脱出するだけだ。
「行こう皆!」
俺はそう口にするとカインの腕を肩に回しを持ち上げようとする。
だが……俺の力では彼の身体を支える事が出来ず。
「キューラちゃん、その……私が運びますから」
クリエがちょっと引きつった笑みを見せつつそう言い、俺は情けなくも彼女の言葉に従った。
その直後だ。
「こ、これはどういう事だ!!」
こんな部屋から出ようと俺達が一歩を踏み出した時、何処かで聞き覚えのある声に俺は反応した。
この屋敷の主、ラザドではない。
だが、どこかで聞いた声だ。
俺は嫌な予感と共に声の主へと目を向ける。
土煙の向こう側に見える影は段々と晴れていく煙と共にはっきり見えてくる。
「お前達! 一体なにをした!!」
向こうからはこっちは暗くて顔が見えないのか、怒りに満ちた声の主は俺は知っている人間だ。
そう……そこに居たのは……
「お前は……あの時の――」
クリエの体調を気にして王へと謁見を先延ばしにしてもらうように頼みに行った時にいた門兵の一人。
「その声は!!」
俺の声に反応し、ますます怒ったような声を上げる男は此方へと向かって来た。
途中、腰に手を当て何かを掴もうとしたが其処に何も無い事に気が付くと扉の向こう側にあったのだろう剣を手に取り――
「お前の所為で! 勇者の所為で俺は騎士を辞めさせられたんだぞ!!」
まるで咆哮のようにそう言った。
「騎士? 門兵の間違いだろ?」
「俺は門兵として働き終わったら正式に騎士団に入れたんだ!!」
いや、それ……騎士を辞めさせられたんじゃなくてなれなかったんだろうに……
「そうか、それは悪かったな、だがお前がここに居るって事は此処の家の人間なのか?」
「間違いないね、カヴァリの奴はネーガの息子を追い出したと言っていた。騎士の家系の子供が城から追い出されるなんて珍しいが、確かアンタ王に直接言ったんじゃなかったか? 勇者なんて死ぬ事だけが価値がある存在だとね」
「トゥスさん!?」
クリエの前で何を言ってるんだよ!?
ちょっとは気遣ってやってくれ……そう思いつつクリエへと目を向けるとやっぱり泣きそうな顔を浮かべている。
「それのどこがおかしい? 勇者は世界の為に死ぬ、それが役目だろう? まぁ今は平和だ……ここで死んだとして別に変わりはいくらでもいる」
「…………は?」
こいつ今なんて言った?
「パパも言ったのさ……勇者は好きにしろってな? 原因となった従者共々殺してやる……だが、お前達2人の女は考えてやるよ。命乞いをするなら奴隷として売り払ってやるだけで済ませよう」
殺す? 俺はともかくあの時チェルは体調が悪かったんだぞ?
いや、それ以前に――
「勇者はこの世界の為に何人も死んだんだぞ!! それなのに感謝どころかそんな扱いしていいはずがないだろ!!」
俺は目の前の男の言葉に耐え切れず吼える。
クリエは怖がって泣いていたんだ……当然だ。
「だから何だって言うんだ? それが主神ガゼウル様に課せられた役目だろ?」
「役目だろうが、なんだろうが生きるか死ぬかを決めるのはその本人だ! お前達が勝手に決めて良いもんじゃないだろ!!」
「「「キューラちゃん……」」」
神が言った? それ運命? 俺にはそんなのは最早どうでも良かった。
ただ、目の前の男の言葉が……態度が許せない。
勇者だから死んで当然、勇者よりも自身が上で当然。
王は俺と同じ考えの者が居ると言っていた……そして、それはチェルやトゥスさんだった。
仲間が居る、それだけで嬉しいはずなのに――実際にこう、クリエ……つまり勇者を人柱にして当然と言う奴らを前にして、直接的な言葉を聞いて……心の底からネーガというこの貴族に呆れた。
「このガキ、俺は貴族ラザド・ネーガの息子……クーグ・ネーガだ……言葉を慎め」
彼はそう言うと王やチェルが持つ紋章のような物を取り出し、見せつけてきた。
だが、そんなのはどうでも良い――お前こそ言葉を慎めと言う事も馬鹿らしかった……
「そこを退け、じゃないと痛い目を見てもらうぞ?」
世界の危機には助けてもらっておいて、そうじゃない時はこの扱いだ。
何時か家族や恋人、そして仲間を盾にとられた事に絶望する勇者は現れ、本当に世界に牙をむくだろう……そんな簡単な事さえ分からないのだろうか?
神々が呆れ、勇者となる者に力を与えるのをやめる……そうは思わないのだろうか?
ここに居るのは人だ……勇者も貴族も俺達も、混血も魔族もエルフも人間もドワーフも人だ。
「ふん、子供が何を言っている? 勇者の従者に選ばれたとはいえお前の様なガキに後れを取るとでも?」
トゥスさんは黙って銃を構え一歩前に出ようとしたが、俺はそれを止めた。
「お、お嬢ちゃん?」
「無駄だ……何も考えないで必要になったら、求めるだけ……放っておいてもいずれ自分達で終わるさ」
どうせクリエはもう力を使えはしない。
そうじゃなくても俺達が使わせない……それでも使えと彼女を脅すなら――
「もう一度だけ言う、そこを退け! 俺達はカヴァリ王の所に行くんでな……それでも退かない、ましてやクリエを殺そうとするなら……痛い目を見てもらう」
――俺がクリエを守って見せる。