57 詠唱
カインの捕まっている場所へと連れられたキューラ達。
しかし、彼の拘束を解く暇も無く彼らもまたその牢へと閉じ込められてしまった。
扉を破壊しようキューラは魔法を唱えるのだが、どうやら扉には細工がしてあるようだ。
更にはトゥスから魔拳を使えば死ぬかもしれないと言われ、通常の魔法だけで扉を壊そうと試みるのだが……
さて、鉄扉を壊すにはやっぱりグレイブが最適だろう。
そうなると詠唱は……
「いや、お嬢ちゃん、そのスライムに頼むのは駄目なのかい?」
ん? ライム? いやどう考えたってライムは無理だろう。
鍵穴があれば別だろうが、こちらから鍵を開ける穴は無いし扉はぴったりと閉じられている。
いくら身体を自由に変えられるライムでも通り抜ける事は無理だ……
「隙間もないし向こう側から鍵を開けるのは流石に出来そうもない」
俺は正直にその事を告げると、トゥスさんは首を振り。
「いや、こっちから鍵の部分を溶かすのは出来ないのかい?」
「鍵を? いや……」
結論から考えると無理だ。
革製の首輪でさえ溶かすのに時間がかかったんだ。
「ライムの酸じゃ鉄を溶かすのには時間がかかる、とてもじゃないが無理だ」
「そうか、じゃやっぱり魔法を頼るしかないか……お嬢ちゃん普通の魔法で行けるかい?」
それは分からない。
俺は頷かず考え込む……
「大丈夫ですよ! だってキューラちゃんの魔力は――」
「魔力の質は確かに良いとは聞いた。だけど、実際にそれを強力な魔法に出来るかは正直まだ出来ないと言った方が良い」
単に魔力だけで強力かつ安定した魔法を生みだせるのなら、恐らく両腕に炎を纏う魔法……仮に魔拳と言うか。
あの魔拳も俺の腕を焼くと言う結果は招かなかっただろう。
「そ、そうなんですか……」
「ク、クリエ、そうしゅんとするな、詠唱を考える」
「それなら私も手伝うよ! 回復以外も人並みには使えるはずだよ、二人ならきっと……」
チェルはそう言うが、カインの傷はまだ治ってない。
俺達の傷よりも酷いんだ当たり前だろう……
「チェルはカインの傷を治してくれ! こっちは俺がやる!」
いや、俺がやらなきゃいけないんだ。
問題は詠唱だ……古代魔法の詠唱って言うのは決まったものが無い。
なんでも言葉の力を並べるとは聞いたが神聖魔法とは違い、ある程度の法則性を保てば魔法は発動する。
だからこそ威力を高めるためだけに詠唱を長く唱える事も不可能ではない。
「討ち放て岩石の砲弾――グレイブ!!」
詠唱を唱えると先ほどよりも魔力が練りやすく感じる。
どうやら詠唱は成功だ……威力も先ほどよりは高くなっているだろう、その証拠に大きな岩が扉へと向かう……しかし――
「また消えてしまいましたね……」
「駄目か……なら――岩石よ我が牙となりて敵を討て――グレイブ!!」
これなら――!!
「チッ! また消えたようだね」
おいおい、じゃぁ次は……
「岩の砲弾よ、我が声に答え我が前に立ちはだかる敵を討ち滅ぼせ!! グレイブ!!」
先程よりも格段に強化されたグレイブを鉄扉へ向け討ち放つ。
俺の使える魔法が少なくとも混血は古代魔法が使える為こういった利点がある。
「驚いたね、まさかここまで……」
トゥスさんも俺の魔力に関しては知っていたようだが、これには驚いた様子だ……と思ったのだが、いつまで経っても扉を壊したような音は響かない。
俺はまさかと思いつつも目の前で起きた現象に目を疑った。
「嘘だろ? 今ので駄目なのか……よ……」
そう、俺が作り出した魔法はまるで氷に熱いお湯を注ぐように溶けて行った。
「――っ! まだ、まだだ!!」
だが、諦める訳には行かない。
俺は吼えると次の詠唱を唱えるのだった。
「言霊よ我が呼び声に答え、岩の塊となりて我に牙を剥ける者達を退ける腕と化せ――グレイブッ!!」
もう何度目になるだろうか? 身体中は悲鳴を上げ……これなら魔拳を使った方が楽だったのでは? と思うほどに痛みを訴える。
「くそったれ……」
だが、そんな状態でも魔法を唱えた俺は今放ったそれの末路を目にし毒を吐く……
「キュ、キューラちゃん、もう、休みましょう?」
とは言われてもだな……
どうやってもこの扉を開けないといけないんだ。
「そうだね、魔法を使い過ぎだ……このままじゃぶっ倒れてもおかしくない」
「そ、そうですよ、キューラちゃん!」
クリエは座り込んだ俺の傍に来るとしゃがんで気遣う様に両肩に手を置いて来た。
情けないな……俺は彼女を助けるって決めたんだ。
だが、今の俺はなんだ? この状況をどうにか出来るのは俺だけのはずだ……だが、現状なにも役に立っていない。
こっちは武器を持ったままだ……あの扉が開く事はないだろう……
つまり、俺達は飢え死ぬかもしれないって事だ。
カイン達を助けに来たってのに……これじゃミイラ取りがミイラだ。
「仕方が無い……か」
「魔法はもう駄目です! これ以上はキューラちゃんが!」
魔法を使ったとしても死ぬと言う事はない。
疲れるか魔力痛になるだけだ。
だが――ここを脱出しなければ、クリエは助けられない。
「……」
「お嬢ちゃん?」
俺は扉を睨み、立ち上がる……
ここに居たらどっちにしろ死んでしまうんだ。
なら、賭けた方が良いのではないか? いや、良いに決まってる。
「精霊の業火よ……」
「なっ!? それは止めろと――」
トゥスさんは慌てて俺の口を塞ごうとするが、それに気が付いた俺は彼女から逃げつつ詠唱を続ける。
「我が拳に宿りて焼き尽くせ――」
最後の言葉を必要としない魔法……それは詠唱の終わりと共に俺の腕を炎で包み込む……
これなら鉄扉を――そう思ったのだが……
「あ、あれ?」
腕に纏ったはずの炎は熱を感じる間もなく消えてしまった。
ど、どういう事だ? 詠唱はあってる……いや、そもそも詠唱はあまり関係が無いはずだ。
いや待てよ……最後の言葉が無いんだ詠唱は重要かもしれない。
だが、間違ってはいないはずだ。
魔力だってちゃんと……なのになんで魔法が発動しない?
いや、したのか……問題はなんで急に魔法が消えた?
「なんで……」
「運が良かったね……今の下手してたら自分が燃えてたよ」
トゥスさんの言葉に反応し、クリエは慌てて俺に抱きつき始めた。
避ける間もなく俺はなすがままになってしまい。
「だ、駄目です! キューラちゃんそんな危険な魔法使ったら駄目です!」
耳元で紡がれた涙声に俺ははっとした……
俺は……何をやってるんだ。
クリエに奇跡を使うなって言ったのに……死なせないためにそう言ったのに……もし失敗したら、その事を考えて使わなかったはずなのに……俺は俺が死ぬかもしれないような魔法を使うなんて……
「ここでお嬢ちゃんが倒れたら、他にどうやってその扉を壊すんだい?」
トゥスさんの言葉も俺の胸に刺さり、俺は俯くと――
「……悪い」
それだけを口にした。