445 魔大陸での朝
翌朝、俺はゆっくりとベッドから起き上がると辺りを見回す。
どうやら、早く起きてしまったようだ。
「…………魔大陸、か」
今まで居た神大陸とは違う。
力こそすべてと考える世界だ。
ここには魔王がいてそして……そいつさえ倒せばクリエは解放される。
「……はず」
だが、気になることが一つある。
本当にそうなのだろうか? 本当に魔王を倒せばそれで終わりなのだろうか?
彼女は神に使わされた存在だ。
以前聞いたことがあったはずだ……。
彼女が奇跡を使うようなことがあれば、世界は見捨てられる。
つまり、滅んでしまうと……。
「…………」
本当の敵はそんな呪いを与えた神なのかもしれない。
だが、その神はこの世界にはいない。
どこに居るのかさえ見当がつかない。
倒すと決めたところでたどり着けるかさえも……分からないんだ。
「……それでも」
彼女を傷つけるなら、泣かせるなら……。
俺は神だろうとなんだろうと構わない。
倒して彼女を解放する。
それが正しいとは思わない……もっと別の方法もあるだろう。
そんなことは分かりきっている。
力こそすべてと言っているこの大陸の人たちと同じだという事も理解している。
だが――それでも彼女を守りたい。
「わがままなのかな……俺」
自身にそうつぶやきながら俺は頬をかきつつ乾いた笑い声を出す。
「そんなことないよ……」
声が聞こえ、俺はそちらの方へと振り返る。
そこに居たのはチェルだ……。
彼女は傍まで来ると微笑み、朝焼けにその笑顔が照らされ俺は思わずどぎまぎしてしまった。
「どうしたの?」
「あ……いや」
何でもない。
そう言おうとし、思わず黙り込んでしまう。
それも仕方がないだろう。
それほどまでに彼女は綺麗だったのだ。
だが、それには気がつかなかったのか彼女は「変なの」とつぶやき椅子へと座る。
「キューラちゃんはわがままじゃないよ……」
そして、先ほど呟いたことを繰り返す。
だが、俺はそれに対し、すぐに返事を返すことはできなかった。
彼女に見とれていたからじゃない。
本当にわがままじゃないだなんて言えなかったからだ。
だからこそ俺は黙り込んでしまい……。
彼女はそれを見てクスリと笑う。
「な、なんで笑うんだよ」
「好きな人を助けたい。守りたいって思う事がわがままだって言うなら……世の中皆わがままだよ?」
「……だけど、俺は――」
俺はクリエを……。
勇者という呪いにかけられたただの少女を助けたい。
それは世界に反することだ。
悔しいが、それだけは事実になっている。
勇者とは己の命を犠牲にするもの……そんなくだらないことが貴族や王の間では常識になっている。
そんなのは許されるべきじゃない。
だからこそ俺は――。
「クリエさんのために魔王でも勇者にでもなって見せる……そう思うのはわがままなのかな? 確かにそういうだけで駄々をこねて皆を困らせるならそうなると思うよ」
彼女はゆっくりと顔を上げ――。
「だけど、キューラちゃんは違う……カイン君みたいに夢を現実にしようと頑張ってる……」
カイン……。
その名をチェルの口から久しぶりに聞いた俺は顔をゆっくりと下に向ける。
「カイン君……冒険者になるんだって! そう言ってきかなかったし、危険な目に遭ったら助けてくれるってずっと言ってくれた……そして、本当に助けてくれた……」
彼女はそう言葉を続ける。
だが、そんな彼を奪ったのは俺だ……。
「ねぇ、キューラちゃん……そんな顔しないで、そんな顔したらカイン君悲しむよ……」
そう言われて顔を上げられ、目元を拭われ……俺は泣いていたことに気がついた。




