431 賭けの対象
勝利を収めると周りの野次馬たちは歓声を上げる。
それはそうだろう……。
相手から見て圧倒的に不利なのは俺だ。
とはいえ……彼らは大事なことを忘れている。
「おいおい、あいつ馬鹿か! だから俺はあの嬢ちゃんにかけたんだ」
けらけらと笑う低身長の女性。
彼女は身の丈に合わない斧を携え、酒をあおっている。
俺がそっちへと目を向けているのに気がつくとニカっと笑い近づいてきた。
「あんたのお陰で儲けたよ……ありがとうね」
酒臭いが、ふらふらはしていない。
ドワーフだから酒に強いのだろう。
「は、はぁ……」
「にしても馬鹿だね……瞳と髪を見れば魔力の質は分かるだろうに」
それを久しぶりに聞いたな。
魔族の証である赤い瞳、そして黒い髪。
これは魔力の質を表している。
「さて、お嬢ちゃんのお陰で良い酒が飲めそうだ」
彼女は満足そうにそう言うと去っていこうとした。
「ちょっと待った」
しかし、そんな上機嫌な彼女を止める声がある。
いや……その声の主は分かるんだが……。
「……いや、トゥスさん、どうした?」
彼女は眉を吊り上げ、腕を組んでいる。
そして、ドワーフの女性へと近づき。
「キューラに賭けたって?」
「ああそうだね、そのおかげで楽に儲けられた」
似た者同士。
だからこそ、だいたい想像できる。
「何勝手に賭けてるんだい、その賭けの対象はうちのキューラだろう」
ああ、この後のセリフは分かるぞ。
理不尽なことを言い始めるに違いない。
「だから、分け前をよこしなよ」
「はぁ? なんでそうなるんだ」
いや、そうなるわな……。
でも……確かにそうだな。
俺が賭けの対象になったなら……なにか見返りが欲しい。
そういえば、確かこっちの大陸には以前助けたイールから教わったものがあったはずだ。
「なぁ、お金はどうでもいいが、シュター武具店ってしってるか?」
俺がそう言うと彼女は目を丸める。
「……なんで、ん? そう言えばスライムを連れた勇者ご一行……」
彼女はそう言うとライムの方へと目を向ける。
どうやら彼女は俺達の事を知っているようだ。
なんで今会ったばかりの女性が?
「なるほど、あんたキューラか」
「なんで俺の名前を?」
彼女に尋ねるとタバコへと火をつけた女性は紫煙を吐くとたっぷりと時間をかけ……。
「あんたが助けたイール……情けない話だけどね、あの子はうちの家系なのさ」
「イール? イールって確か」
クリエはドワーフの少女の事を思い出したのだろう。
俺の方へと目を向けた。
「ああ、あのイールの事だろう、でも情けない話だって?」
「奴隷商につかまったんだろう? まったく情けないと言ったらありゃしないよ」
彼女はひどい目に遭った。
だというのに……いや、考えるだけ無駄か……。
イールは神大陸に居たが、目の前の女性はここ魔大陸に居るんだ。
魔大陸は奪い合いの世界。
自身の事さえ守れないイールを情けないと思っても仕方のない事だろう。
「……酷い」
だが、チェルはそう思っていないのだろう不服そうな表情を浮かべた。
するとドワーフの女性は……。
「一瞬の油断で奴隷落ちするような大陸に住んでればね」
彼女は皮肉気にそう言うとチェルはその事に気がついたのだろう。
「あ……ご、ごめんなさい」
謝るのだが、彼女は何も言わず。
「まぁ、いいさ……とにかくシュター武具店はうちの事だよ。おいで」
そう言いながら手招きをするのだった。




