412 根付く焔
「キューラちゃん!!」
今度ははっきりと聞こえた声。
俺はその声の方へと振り向こうとしていた。
すると異変に気が付いた。
俺の体が炎に包まれていたのだ。
どういうことだ?
もしかして、試練は越える事が出来なかったのだろうか?
そんな不安を感じたが、どうも熱さを感じなかった。
服は確かに燃えている。
だが、身を焼かれる感覚はしない。
どういうことだ?
訳が分からない。
声も出ない。
まるで喉が焼けたかのようにかすれた声しかない。
これじゃ誰かに物を伝えるなんて到底不可能だ。
だというのに痛みは感じない。
「…………」
クリエの方へと目を向けた俺は彼女が俺へと向けて手を伸ばしているのを見た。
チェルや他の仲間に止められている。
ファリスは俺の近くに居た。
どうしたらいいのか分からないのだろう。
燃える俺を前におろおろとしている。
ライムも近くに居るが同じくおろおろとしている。
目は見える。
暗くも痛くもない。
体は動く……。
寧ろ今までで一番動きやすいのかもしれない。
だけど俺は燃えている?
このまま死ぬのか?
そう再び考えた俺はトゥスさんを見た。
すると彼女は諦めた表情をしていることに気が付いた。
ああ……やっぱり死ぬのか?
いや、本当に死ぬ?
そんなわけがない。
試練は突破したはずだ。
だとしたらこれは? 一体なんだ?
服が燃えるという事は本当に炎なのだろう。
だが、身を焦がしているわけではない。
「いやぁぁぁああああ! 離して、離してください!! キューラちゃんがキューラちゃんが!!」
クリエが泣いている。
泣かせたのは俺だ……。
だめだ、彼女は笑ってなきゃいけないんだ。
そのために俺は力が欲しいと望んだんだ!! だから――!!
例え、試練を越えてないとしてもここで死ぬわけにはいかない!!
そう強く思うと炎は俺の体を離れていき右目へと吸い込まれていく。
途端に熱を感じ俺は目を抑えその場に膝をついた。
「ぁぁぁああぁあぁああぁぁぁぁぁああああああ!!」
声を上げる。
抑えた手の隙間から容赦なく炎が右目に入ってきた。
熱い、熱い!? いや、もはや熱いのかすら分からない。
それに耐えることはできないはずだ。
なのに熱さで強制的に覚醒をさせられ、意識を失うことはなかった。
狂いそうだ。
だが、狂えない。
そうだ、狂えるわけがないだろう!?
そんな事をしてみろ! クリエはどう思う?
悲しむ程度で済むか? いや、優しい彼女の事だ自分を責めるに違いない。
なら、俺は――。
ここで倒れるわけにも狂うわけにもいかないんだ!!
咆哮を上げながら強くそう思った俺は熱に……痛みに耐える。
普通ならとっくにおかしくなっているはずだ。
いや、すでにおかしいのかもしれない。
だが、そんなことはもうどうでもよかった。
「キューラちゃん!!」
近くで彼女の声が聞こえた。
俺は思わず彼女の方へと目を向ける。
いつの間にか痛みは消えていたが、熱は相変わらず感じていた。
右目がぼやける。
だが、見えないわけじゃ無い。
「え……」
そして、彼女は俺を見て呆けていた。
「な、なに? どういう事?」
彼女だけではない。
ほかの仲間たちもそうだ。
「お姉……ちゃ……?」
ファリスはいつの間にか俺に……焼け残った服にしがみついていた。
相当心配させたらしい……。
「大丈夫だよ……なんとか、な」
俺は笑いながらそう言った。
だが、体力を相当使った後なのだろう。
一気にがっくりと膝が折れてしまった。
途端に支えてくれたクリエが居なければそのままファリスを押し倒していたかもしれない。
「ありがとう」
守るはずの彼女に助けられるのはこれで何度目だろうか?
だが、次第に晴れてきた右目で彼女を捉えるとそれも終わりだと考えた。
確信があるわけじゃ無い。
何かが変わった気もしない。
それでも俺は――。
「キューラちゃん? その目……」
「ん? 目?」
何の事だろうか?
燃えていた右の眼の事か?
「あ、ああ! もう痛みもないよ、熱も引いてきた……」
正直にそう答えるのだが、なぜか皆の表情は硬かった。
一体どうしたというのだろうか?
俺は何かおかしいことを言ったのか?
いや、おかしなことは確かに起きたんだが……。
なんで皆、揃いも揃ってそんな顔をするんだ?
疑問に思いつつ、チェルが差し出してくれた鏡を見る。
するとそこには……。
「ん? は?」
赤い左目とまるで宝石のような赤を持つ右目。
若干の違いはあれど両目とも赤い目だ……。
これは、俺に何が起きたんだ……。
いや、まさか、これが……アウクが最後に残したものか?
だとしたら、何かあるのだろうか?
だが、体が変わった感じはしない。
一体何がどうなっているんだ?




