411 その身に宿る焔
「っ!!」
俺は思わずその場から飛びのいた。
その熱をしっかりと感じたからだ。
相手は本気だ……。
このまま逃げるなんてことは出来ない。
だが、同時にこれが彼が俺に託す最後の何かなのかもしれない。
そう考えると俺に逃げるなんて選択肢は最初から無い事に気が付いた。
「来い!」
アウクはそう言うとにやりと笑みを浮かべる。
やるしかない! そして、このまま戦うのが条件ではないだろう。
「精霊の業火よ――我が拳に宿りて焼き尽くせ!!」
俺も魔拳を発動させる。
怒りではない、憎しみでもない。
俺がこの力を使うのはたった一人の少女。
クリエを助けたいからだ……!
「そうだ、それでいい」
彼は満足そうに笑う。
だが、それで終わりというわけではない。
俺は深呼吸をすると拳を構えた。
これから始まるのは戦いだ。
大地を蹴ると彼も同じように大地を蹴る……すると途端にアタリが色づきだし、先ほどの花畑へと変貌し始める。
駆け抜けると辺りには花弁が舞い始めた。
だが、ここが先ほどまで皆と一緒に居た場所ではないことを示すようだった。
花弁が燃えないのだ。
一切、燃えることはない。
腕もそうだ。
熱は感じる……痛みもだ。
だというのに腕は全くの無傷だった。
「その炎がお前を包むとき、お前の命は燃えカスとなる」
「なるほどな……」
つまり、ここに居る俺はただの魂。
それが燃え尽きれば死ぬという事だろう。
だから何だ? 今は何も感じない。
これは俺の魂にダメージがないという事だろう。
もし、変化がある時それは俺が欲や怒りに飲み込まれた時なんだ。
だからこれは必要なことだ。
俺にとって……仲間にとって……そして何より……。
「クリエの為に!!」
そうだ、俺はクリエのために戦う!
もうそれに迷う必要なんてない。
なら、やることは決まっている! アウクを認めさせ、そして……。
この試練を乗り越えるしかないんだ!
「ほう……」
近づくと彼は面白そうな表情を浮かべた。
だが、俺も同じように笑っていたと思う。
拳をふるうと同じように拳をふるうアウク……。
まったく同じ速度で全く同じ力で彼は力を使ってきた。
いや、合わせたというわけではないだろう……。
つまり、彼は……。
「なるほど、記憶はアウクの物……」
「…………」
俺がそう口にすると彼はますます笑みを深めていく。
「力は俺の物ってことか? どうあがいても同じ力で疲れ知らずのお前には俺では勝つことはできない……力ではってことか」
つまり、魔拳を使ってねじ伏せるのは無理だ。
かといって彼の事だ魔拳を使うのは勝利条件の一つに含まれているだろう。
先ほど炎が俺を包んだらという言葉を使ったからだ。
…………なら、この試練を乗り越える条件は何だ?
力でねじ伏せることは条件じゃない。
つまり……。
「どうした? もう終わりか?」
「無駄だからだ……俺の実力をそのまま……力を示したところでお前は納得しない。お前は単純な力を求めてるんじゃない」
俺はそう告げるとため息をついた。
そうだ、そんなのは意味がない。
俺は戦うために力が欲しいんじゃないんだからな。
クリエを守るために力が欲しいんだ。
つまり、こいつと争う理由は何もない。
「……ほう?」
「なぁ、アウクお前は言ったよな? 憎しみで力を使うなって」
俺は前に彼に言われたことを思い出しながら告げる。
そうだ確かにそう言われた。
だが――。
「今は、どうだ? 俺は憎しみで力を使ってるのか? いや、違う……」
「…………」
そう、今は違うはずだ。
「俺は今もまだこの力をそんなことに使おうとしてるのか? 俺は俺は……自分自身ではそうとは思いたくないし、思わない。この力はクリエを守るためにある」
だから、あの時……教えられてもない詠唱で魔拳は使えたんだろう。
戦うためではなく守るために使おうとしたから……。
「だから、俺はお前とは戦えない……お前は敵じゃないんだからな」
そう言うと俺は拳にまとった炎を解いた。
意味のない戦いはしない。
そう示したつもりだ。
炎も俺の意思に従い綺麗に消えてなくなった……熱さも、腕の火傷もない。
だが、これが勝利条件ではなかった場合俺は詰んでいるだろう。
きっと彼の拳は俺を焼くに違いない。
俺の言葉に彼はニヤリと笑う。
その笑みの理由はいったい何だろうか?
「…………」
いや、信じるんだ。
俺は正解を引いたと……ここは信じるしかない。
もし違うのなら……。
その時は……。
その時にまた答えを考えればいい。
憎しみじゃない。
怒りじゃない。
俺に必要なものは……。
「何度確認しようとも俺の意志は変わらない」
「そのようだな……」
彼はそう言うと魔法を解き、腕を組む。
「我が、血を引く子孫よ……」
ゆっくりと近づいてくるそれは……その大きな手を俺の頭にかざす。
そして、その手から熱を感じた。
すると俺は再び右目に熱さを感じ始める。
その熱は瞳から頭を焼き焦がすような感覚で俺は思わずその場で右目を抑え、声を上げた。
だが、喉からは声が出なかった……。
声無き咆哮では何も伝えられない……。
そう思っていた。
だが……。
「キューラちゃん、キューラちゃん!!」
なぜか聞こえた俺を呼ぶ声はひどく、ほっとする声だった。




