410 試練
案内された場所はあの墓だった……。
俺はゆっくりと墓へと近づく……。
風が吹き、花の匂いが花弁と共に舞った。
鼻で感じるその良い匂いは思わず深呼吸をしてしまいそうなものだった。
俺はゆっくりと墓を見下ろす。
夢ではじっくりと見えなかった。
だが、そこは勇者の墓なのだろう……。
名前の刻まれてない墓がそこにはあった。
「…………」
何故名前が刻まれていないのか?
それは疑問だった。
だが…………。
「アウクはここで……ずっと待ってたのか」
そこは紛れもなくあの場所だ。
夢で見たあの場所……。
そして、アウクという男性はここで自身の作った魔法それを使いこなす人間を待っていた。
だが、生前その魔法使いは生まれず。
彼は――思念体となってあのように夢に現れるようになったのだろうか?
そんなことを考えながらその場に立っていたが、何かが起きるわけではない。
だが、たった一つ……そうたった一つだけわかることがある。
彼はこの墓をずっと大切にしていたのだろう。
やけにしみ込んだ染みは恐らくは葡萄酒のものだ。
勇者と共に飲んでいたのか……。
「キューラちゃん……」
近くにクリエが来たことにようやく気が付いた俺は彼女の方へと目を向けた。
今代の勇者はすでに力を失った。
新たに生まれた勇者も死んだ……あいつ以外にも生まれるかもしれない。
そうなれば当然敵として向かってくる可能性もある。
だが、そんなのは些細な問題だ。
俺達は示さなきゃいけないんだ。
勇者の奇跡なんてなくても……。
人の力だけで……。
そう、奇跡は起こせるってことを……!
「さぁ、宿を取ろう」
俺はそう言うと彼女の手を取り仲間たちの元へと戻る。
大丈夫だ……もう俺は迷わない。
迷う必要もない。
怒りや憎しみで戦うんじゃない。
ただ、俺はこの子を守りたいだけだ……それだけなんだ。
だからこそ、俺は彼にもらったあの力を使いこなさなくてはならない。
そう思いながら彼女と共に歩く……。
その時だ。
「――っ!?」
感じたのは右目の痛みだった。
それは久しく感じていなかったものだ。
思わず座り込み右目を抑える。
痛みだけではなく熱もある……。
「キューラちゃん!!」
「ぁ……ぐぅ!?」
いや、痛い熱いなんてものじゃない。
言い表せない何かがが俺を襲い。
俺は目を抑えながら慟哭を上げた。
誰かの声が聞こえた……ひどく近い場所で……。
だが、そんな声も遠くに感じた。
俺は……ゆっくりと闇の中に落ちていく……その間も何かが俺を絶えずに襲っている感覚はあった。
一体……何が……起きて……。
「お前が好きだ!!」
「もう! 何度も何度もしつこいですよ!!」
そんな声が聞こえ俺は目を開ける。
すると目の前には俺が居た。
いや正しくは俺に似た人だ。
魔族ではない、かといって髪の色が黒ではない事から混血でもないのも確かだ。
だが、……俺に似た女性がそこに居たのだ。
「なぜだ! 俺は君に惚れ自国を捨て勇者と共に歩んでいる。君を守るためだ!」
「だから、人の気持ちがそう簡単に変わるわけじゃ無いでしょ!?」
本気で意味が分からない。
そんな感じで男は女性へと近寄る。
すると近くにあった水面に自分のいや、男の顔が映った……。
男の方はかつて夢で何とか見たアウク……彼を若くしたような見た目だった。
「アウク……」
さらに詰め寄ろうとした俺……いや、彼に声がかけられた。
やはりアウクか……。
そう思っていると彼に声をかけた人を目にし俺は驚いた。
チェルにそっくりな目だったのだ。
彼は呆れたように微笑み……。
「いくら仲間だって言っても女性に迷惑をかけるようなことをしたら……」
「分かっている! 俺の目的はこの子を守ることだ。惚れてもらうのは後でも構わない!」
「あの、惚れるの前提なの!? 守ってくれるからって好きになるとは限らないでしょ!?」
なんだか、俺とクリエの最初の頃を思い出すような関係だな。
そう思いつつ俺は3人のやり取りを見ていた。
やがて、辺りが色を失って行き……薄暗い空間に俺だけが取り残される。
目の前には先ほど見ていた光景がまるでテレビのように映っていた。
「それは昔の話だ」
「…………だろうな」
すると突然かけられた声に俺は振り向きつつ答えた。
「だが、これはどういうことだ?」
そして、俺は女性へと指を向けた。
するとアウクは腕を組み……。
「俺の名はアウク・クーア……フィアランスとは勇者の伴侶の名だ」
つまり、アウクはチェルの祖先ではないってことか……。
まぁ、それは当然だと思っていた。
彼女は混血じゃない。
どうあがいてもアウクの子孫なわけがなかった。
「つまり? やっぱり俺があんたの子孫で間違いない訳か」
「そういう事だ……それにしても見た目がそっくりとはな……」
彼はそう言うと昔を懐かしむかのように後ろの光景へと目を向ける。
「彼女と出会ったのは奇跡だった」
「……のろけか?」
俺がそう聞くと彼はふっと笑う。
そして、真面目な顔をし……。
「どうやら迷いは振り切ったようだな」
「……ああ、俺は単純に彼女を守りたいだけだ」
そう言うと彼は満足そうな笑みを浮かべた。
「そうか、なら……貴様に最後の土産をやろう」
「……プレゼントか? そりゃ嬉しい」
彼のくれる物だ何かの役に立つだろう。
そう考えていた俺は殺気を感じ慌ててその場から飛びのいた。
「何を!!」
「さぁ、その力……示してみろ」
そういう彼の両手は燃え盛る炎に包まれていた。




