41 帰還
チェルの魔法で治癒をしてもらったキューラ達。
トゥスと別れた彼らはクリエを寝かせるために寝泊まりをしている旅館を目指すのだった……
チェルと共にクリエを部屋へと連れてきた後、チェルへと従者の話をしようと思ったのだが――
「じゃぁ、私は教会に戻りますね? 今日はお手伝いをしに向かってたので……」
「そうだったのか……急ぎなのか?」
「はい、怪我や病状は焦るほどではなくても患者さんが多いと言っていたので」
なるほど、確かに多かった。
だとすると、引き留めておくのも悪いな。
「わかった、でも後で話をしたいんだ。カインも一緒に頼みたいんだが良いか?」
「はい! わかりました」
笑みを浮かべて去って行く少女を見送って俺は横たわる少女へと目を向ける。
「……クソッ」
何が奇跡を使うな、だ……こんな目に合わせてたら意味が無い。
クリエは……クリエは死ぬのを怖がってるただの女の子だ。
なのに、俺がもっとちゃんとした作戦を立てれてたら――いや、考えても過ぎたことはもうどうしょうもない……そんなのは分かってるんだ。
だけど、これじゃ駄目だ。
いくら頼れる仲間が居たってこれじゃ……クリエだけじゃない、その仲間も俺も死ぬ。
そうなったら新しい勇者が現れるまで混血は狩られ続け――更にはその新しい勇者の犠牲で世界は救われてしまう。
それじゃ、なんの意味も無いじゃないか……
確かに今回はチェルのお蔭でクリエは助かった。
顔色も良いし、表情も穏やかだ……だが、もしあの時チェルが来てくれなかったら……
子供を見捨ててクリエを助けたとしても彼女はそれを喜ばないだろう、それにあの神父さんがどうなってかなんて分からなかった。
勇者の特権を使うとしても、今のクリエの様子から考えても目を覚ますのには時間が掛かる。
そうなると――
「やっぱり神聖魔法……それも高度な治癒魔法の使い手は仲間に必要だ」
そう、そしてその人物は運が良い事に身近に居た。
チェルもカインも真実を知ってもクリエを道具扱いなんてしないだろう……
カインもあの動きからして決して弱くはないはずだ……コボルトには捕まっていたけど、あの速さは活かせる。
「やっぱり、二人は仲間に欲しい」
後、トゥスさんだ。
あの人は何か気になる……人をあっさりと殺せるのに何故かクリエをの事を心配してくれていた。
それに――
「いつまで経ってもそう言う連中ばかりだ……か……」
あの言葉から考えるにトゥスさんは勇者の事を知っている。
それだけじゃない……俺が使ったあの魔法のことも知っている様だった……
「あの人は一体何者なんだ?」
正直あの人は分からない、でも……
「俺達を助けてくれた事もあるし、悪人ではないはずだ……」
あっさりと人を殺せるというのは俺としては許せないが、依頼としてあるならそれはそれで納得だ。
捕まったり手配書が出ていない以上、彼女は罪に問われてはいないんだからな……だとすると、彼女も仲間に引き込んだ方が良いかもしれない。
数少ないクリエの理解者になれるのなら……
「とはいえ、全部クリエが起きてからだな」
俺はそう呟き、眠る少女を見る。
「…………」
やっぱり、クリエは美人だ。
短く切りそろえられている髪はさらさらだし、今は寝ているせいで見れないが、見ているだけで吸い込まれそうな黄金の瞳。
そして……やわらかってそうじゃない!!
「で、俺のこの手は何だ?」
いつの間にか伸びかけていた手を掴み俺は溜息をつく――
クリエが女の子だと意識し始めたせいか? それにしたって寝ている女の子にちょっかい出そうなんて最低な事を……
「はぁ……俺も寝るか」
頭を振り、もう一つあるベッドの中へと潜り込もうとした所で、俺はふと動きを止めた。
「いや、何かがあったら困るな、すぐにチェルを呼べるように起きておこう」
そう思い直した俺はクリエの近くへと椅子を持ってくると彼女の様子に変化が無いかを見守る事にした。
それが、大変厳しい試練になると気が付かずに――
結果から言おう。
あれだ……女の子の寝顔の攻撃力は半端なものでは無い。
特に転生するまでろくに話したことが無い俺なんかでは致命傷だった。
「こ、これは――」
クリエじゃないが手を出しそうっていうか、もうさっき出しかけたんだったな。
と、取りあえず冷静に――そうだ、少しだけ目を離せば――
「……ぅ……っぅ……」
「――!? クリエ!?」
目を離しかける絶妙なタイミングでクリエからは苦しそうな声が聞こえ、俺は慌てて彼女の方へと向き直る。
そんな……あれだけの治癒魔法を使われたのに、まだ完全に治った訳じゃなかったのか!?
「クリエ、大丈夫か!? おい!!」
俺は慌てて声を掛けるが彼女は一向に起きる気配は無く、暫く眉をひそめていた。
クソッ!! どうしたら……いや、すぐにチェルを――
「な……」
そう思い俺が扉の方へと走ろうとした時、クリエが何かしゃべるのが聞こえ――
「ん?」
俺は気になり振り返る。
「クリエ……?」
そこで見たのは何かを呟くクリエの姿。
俺は気になり、髪が彼女にかからない様に注意しつつ口元へと耳を近づける。
「……んで……そん、な……こと……言う……の?」
そんな事?
そんな事ってなんだ? 俺が疑問を感じていると彼女は再び眠りへと落ちたのだろう、徐々に穏やかな表情へと戻って行く……
もしかして、夢を見てたのか? それも、あの様子からして悪い夢?
急に体調が悪くなったとかではなくて、か?
「……はぁ、顔色も悪くないし、呼吸も整ってる……びっくりさせるなよ……」
とにかく、やっぱり寝るのはやめだ。
せめて彼女が起きるまで、ここに居てやらないと……もし、怖い夢を見ているのだとしたら人が居るのと居ないのじゃ変わってくるだろうしな。