40 クリエは無事か?
キューラはチェルを連れ酒場へと走る。
神父の代わりに治癒魔法が使える彼女にクリエを治してもらう為だった……
しかし、そこには嬉しい誤算があった。
チェルはキューラが考えるよりも遥かに優れた治癒魔法の使い手だったのだ。
チェルのリザレクションによる治療を受けているクリエは見る見るうちに傷がふさがって行く……
心成しか、顔もだんだんと穏やかになって行く気がした。
「――ふぅ」
傷が完全に塞がった所で彼女は手をかざすのを辞め、額にうっすらと出て来ていた汗をぬぐう。
その様子からしても身体を痛めたと言う事はない。
間違いない、彼女はリザレクションを無理に使った訳じゃなく、本当に使えるんだ。
「さ、これでクリエさんは大丈夫ですよ、次はキューラちゃんの番です」
「お、俺!? でも、大丈夫なのか?」
傷だけで見れば俺は両腕とも火傷を負っているのだからクリエより酷いだろう。
そう考えると痛みが増して来た……だが、クリエの傷は決して浅くはない。
その上で俺を治すとしたら――
「魔力痛になるんじゃないか?」
「……そう、ですか?」
いや、俺が聞いたんだが?
「とにかく、魔力痛よりは傷の治療です。さ、腕をこっちに――あ、ライムちゃんはもう動いてもらって大丈夫ですよ」
「そ、そうか……ライムありがとう、いいぞ」
俺は彼女に促されるままに腕を伸ばし、ライムへと声を掛ける。
そんな様子を呆気に取られた表情で見ているのはトゥスさんだ。
ま、まぁ、目の前で神父同等……いや、もしかしたらそれ以上の魔法を平然と使われたんだ……当然だよな。
しかし、チェル……これほどクリエの従者に欲しい人材も居ないだろう、となるとカインがなぁ……
良い奴なんだが、戦力としては――分からない所が多いが、あの明るさは仲間には必要だとは思う。
二人共従者になってもらえないだろうか? しかし、クリエは女の子を条件にしてるんだよな。
どうにかならないか、起きたら説得をしてみるか――
「リザレクション」
そんな事を考えているとチェルの治癒魔法はいつの間にか唱えられており、俺の腕に暖かい光が当てられた……
すっかり綺麗になった腕を動かしてみる。
触ってもつついても特に痛みは感じない……学園で何度も治してもらった事はあるが、治癒魔法は凄いな。
「……で」
たった一言、それが何故か恐ろしく感じた俺はびくりと身体を震わせる。
恐る恐ると声の持ち主へと目を向けると――
「何でクリエさんとキューラちゃんはそんな怪我を? それとそこのエルフの人と倒れてる人は一体……」
「え、えっと、これはだな? その依頼を手伝ってたんだ……そこのトゥスさんの――」
「ん? ああ、悪い治癒お嬢ちゃん……私も肩を負傷してるんだ。治してくれるかい?」
俺がトゥスさんの名前を出すと本人は悪びれる様子もなく、いや、恥じる事はなにも無いと思うが……とにかく、傷をチェルへと見せる。
チェルはその怪我を見て慌てて治すのだが、その瞳は俺の方へと向けられており――
「その闇奴隷商をとっ捕まえる為にだな? 俺がわざと捕まって――証拠をだな?」
「そうですかぁ……でも、二人共……ううん、三人とも怪我をしてたら意味ないですよね? そこに居る人と死んでいる方がそうだとして、今回はたまたま捕まえられたみたいですけど……」
な、なんだ? チェルが恐い!?
「はぁ……あのね、命は一つか無いのは分かってるよね? ――どんなに望んでも死者を送る魔法はあっても蘇らせる魔法は無いの! カイン君にも何度も言ったけど! そんな魔法は無いの!」
も、勿論……それは知っている。
治癒魔法なんて物があっても蘇生魔法は無い。
ましてや、あったとしても神聖魔法である治癒魔法は魔族の混血である俺には使えない……
俺が項垂れていると彼女は溜息をつき――
「それに精霊石が毒になるって、そんなのもっと早く人に伝えた方が良いんじゃ? 子供が誤って飲んでしまったらどうするんですか!?」
今度はトゥスさんへと当然の文句を告げた。
「そ、その通りなんだけどね、エルフは怖いのさ人間の神聖魔法も何でも吸収していく知識もね、だからあえて黙ってる……けど、精霊石は大事な収入源でもある、誤って飲み込んだりしない様に大きい物を売ってるわけさ」
「そうだとしても、今までが何も起きなかっただけで――いや、待てよ? トゥスさん暗殺術って言ってたよな?」
確かにそう言っていた。
俺がその事を尋ねると彼女は頷き――
「そう、暗殺術だ……勿論、知られないよう精霊石は処理するけどね」
彼女はそうはっきりと言いのけた。
「そんな人殺しを――!!」
チェルは怒りをあらわにした顔でトゥスさんへと声を荒げる。
「アタシは依頼以外ではそんなことしないよ、とにかく取りあえず今のところ勇者は無事だ。弾はもう摘出したし、傷も癒えた」
彼女はそう言うとすっかり傷の塞がった肩を回し、縄で縛った奴隷商を立ち上がらせると、こちらへと向き――
「所でお嬢ちゃん……さっきのは何処で教わったんだい?」
「……さっきの?」
もしかして燃える拳の事か?
「分からない、急に目の前に誰かが出て来て――」
そう言うと彼女は怪訝な表情を浮かべる。
「そうかい……」
なんだ?
その感じだと何かあれについて知っているって事だよな?
「あ、あの……」
「分ってると思うが、あれはお嬢ちゃんにはそう何度も使える代物じゃないよ……勇者のお嬢ちゃんを守りたいなら自分を磨きな」
「なんの、話……ですか?」
チェルは俺の方へと寄って来て聞いてくる……
「火傷の事だよ……」
俺はそれだけを答え、自身の両手を見下ろした。
彼女の言う通り、何度も使える手ではない……アイツは使いこなして見せろと言ったし、俺は魔法を発動させた。
だが、本来は自分の腕が焼かれるなんてことは無いのだろう……
現時点では奥の手、それも諸刃の剣だ。
しかも状況によってはまともに使う事すらできないだろうことは目に見えている。
「分ったかい?」
「ああ、理解してる……」
最終的にはこれを本当の意味で使いこなす事が出来るようになりたい。
だが、現状は彼女の言う通り、自分を磨くしかないだろう……
「なら、良い……じゃあねお嬢ちゃん達……」
トゥスさんはクリエへと心配そうな視線を向けた後、酒場から去って行く……
それを見送った俺はクリエの手を取ると――
「キュ……ラ……ちゃん」
彼女は目を覚まさないままだったが、俺の名を呟いた。
……名前を呼ばれてこんなに罪悪感を感じる日が来るとは思わなかったな。
「チェル、手伝ってくれ、クリエを旅館まで運びたい」
「は、はい!」
あの死体は……途中で憲兵にでも伝えておこう。
そうすれば処理をしてくれるはずだ……
「ライムもチェルも助かった、ありがとう」
俺は使い魔であるスライムと恩人である少女へとそう告げる。
すると恩人はきょとんとした顔を浮かべ――
「人を助けるのは当然です! それにお礼はちゃんと旅館に着いてからですよ」
「そうか、そうだな」
本当、この子が居なかったらどうなっていたか……
さっきも思った事だが、やっぱりこの子を従者に引き入れた方が良いだろう、問題はカインだが……そこはクリエを納得させるしかないな。