390 彼女の切り札
俺が拳を握り大地を蹴ると奴はナイフを取り出した。
その瞬間は見えず、気が付いた時にはすでに構えていたのだ。
相手の都の力量の差に俺は思わず舌打ちをする。
また負けるのか……そう頭に過りもした。
だが、負けるわけにはいかない……!!
先ほど口にした言葉を覆すことはあっちゃいけない!!
「グレイブ!!」
すぐさま魔法を唱え、右手を奴のほうへと向ける。
すると奴は当然前からくる魔法に備えた。
だが……。
それは真横から飛び奴の腕へと当たる。
一瞬驚愕した表情を浮かべる男。
何とかなった……。
そう、俺はあの奴隷商と同じように魔法を任意のところからある程度ではあるが出せるようになっていた。
粗はある。
だが、決して使えないわけじゃない!
切り札は最初に見せるべきではないが……この状況じゃ奴を倒さなきゃここから出れない!
なら、どんな手を使ってでも勝ってやる!!
卑怯と呼ばれようが何だろうが関係ない!!
俺は――俺たちは生きて戻らなきゃいけない。
そして、魔王を倒さなきゃいけないんだ!
クリエを助けるために、俺が――俺たちが!!
「ここで死ぬわけには、いかないんだよ!!」
相手は間違いなくドラゴンの騒動に関わっているだろう。
なら、生きて捕まえなきゃいけない。
そして、フリン達に渡し……情報を吐かせる。
そのために俺は苦痛を浮かべる男に己の拳を叩き込んだ。
相手は動きやすさを重視した服装だ。
鎧なんかはない。
そう思っていた。
だが……。
「ぐぅ!?」
確かに叩き込んだ拳……それは奴の腹にめり込むことはなく……。
声を上げたのは俺だ。
「バカめ!! 鎖帷子だ!!」
音はしなかった……。
なのに下には確かに何かが着こまれていた。
奴の言う通り鎖帷子だとしたら、ただの拳では勝ち目はない。
このままじゃダメだ!! 俺は俯き――。
「死ね……小娘、見た目は良くともお前ほど暴れるのでは商品にすらならん」
男の腕には何かが握られているのだろうか?
顔を下げてちゃ分かるはずもない。
「――――――」
「この期において命乞いか? もう遅い!!」
だが、顔を下げて小声でつぶやいているからこそ俺が何をしようとしているのかに気がつけない。
「――――焼き尽くせ!!」
小声でつぶやいた魔法は瞬く間に拳に焔を纏わせる。
これは殺すための拳じゃない!! 守るための拳だ!!
大事な仲間をクリエを!! その為にこいつは――。
「邪魔だ!! 寝てろぉぉおおおおお!!」
――守り通さなきゃいけないんだ!!
そう願いを込めた拳は相手の防具を物ともせず殴り飛ばす。
これが俺の本当の切り札だ!
男はその腹に受けた衝撃に驚き表情をゆがめていた。
だが、そんなことはどうでもいい。
ゆっくりと倒れる男を見て俺はトゥスさん達の方へと目を向けた。
後はこいつをスクルドに連れて帰るだけだ。
だがこいつをこのまま連れて帰るのは危険だ。
だから……。
「トゥスさん、拘束を頼む」
「ああ、分かったよ」
彼女は頷き男に近づいていく……。
さて、やることはまだ残っている。
これをやらなければ後々、面倒なことになってしまうだろう。
だが、彼を連れていくことはできない。
そう思いつつ今度はチェルの方へと目を向けた。
彼女は口元を抑え、何かに耐えるような仕草をしている。
吐き気を催したのだろう。
無理もない、何故なら彼も同じ状況……洞窟の中で死んでしまったんだ。
なのに何も感じないなんて無理があるだろう。
だから俺はあえて何も言わず……なんてことは出来はしない。
「チェル、辛いだろうけど弔ってもらえるか?」
「…………」
口元を抑えた少女の顔色は分からない。
もしかしたら青くなっていたのかもしれない。
だが、ちゃんと弔ってやらなければアンデッドとなって襲ってくる。
きっと彼は後悔してるだろうからな。
まだ若いはずだ……その可能性が十分にある。
そうなればアンデッド化は避けられない。
「チェル……」
何も答えない彼女に俺はもう一度声をかけた。
「……わ、分かってる……大丈夫、だから……」
涙声の彼女はゆっくり、しかし、確実に殺された男性の方へと向かい。
近くに座ると弔い始めた。
これで大丈夫だ……俺達がやっても良いんだが、それで足りなかったら意味がないからな。
その点彼女であれば神聖魔法の使い手だ。
これ以上ない人選だろう。
さて……それが終わったら遺品を一つ持って行かないとな。
彼にも家族は居る。
その家族のもとへと連れてっていかなければならない。
「キューラお姉ちゃん……」
不安そうに声を出していたのはファリスだ。
彼女は俺の腕を見ていた。
「大丈夫だ……見た目ほど痛くはない」
俺はそう言って彼女の頭を撫でようとし、その手を止めた。
流石にこの手で触ったら痛みを感じそうだ……。
後でチェルに治してもらわないとな。
「見た目ほどって……キューラちゃんは無茶しすぎです!!」
クリエは俺の手を見て涙を流す。
そして、ゆっくりと手を握ろうとしてきたので俺はそれから逃げるようにした。
当然、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。
だが、これにだって理由はある。
「クリエは魔法は使っちゃだめだ……」
「ぅぅ……」
見抜かれていたことを知ってか、彼女はがっくりとうなだれるのだった。




