383 動き出す
それから俺達はファーレンの国へと向かう準備を始めた。
必要な物と準備は簡単だ。
貴族が使う身を覆う布。
そして、馬車に護衛兵。
護衛兵は元奴隷兵達にお願いした。
彼らが一番、兵士として連携が取れていたからだ。
「さて……」
もう一つある訳だが……これが面倒だった。
それが何かと言うとファーレンへの手紙だ。
これから俺達は出発する訳だが、その前に手紙を返さなければいけない。
その理由は――。
手紙を返さずに向かえば敵意があると思われる可能性だ。
当然領主である俺が動く為、護衛が付く……。
そうなれば少数ではあるとしても軍にはなってしまう訳だ。
相手がそれを反逆と取るかは分からない。
だが、俺だったらそうする。
それは何故か……。
楽だから。
この一言に尽きる。
だからこそ、俺は……いや、俺達が出発する前に手紙を書かなければならない。
「うーん……」
その内容をどうするかだ。
まずクリエの事を引き渡すとは伝えられない。
もしそんな事を書いてしまえば、向こうから兵を送ってくる可能性があるからだ。
俺達の目的はあくまでクリエが無事であることが最低条件だ。
彼女が危険にさらされることになる可能性は避けたい。
だとすると……。
「その事で話があるから直接向かう、これしかないよな」
それならば、多少兵を連れて行っても問題はない。
事によってはクリエを引き渡す準備をしていた。
そう言った理由もあればイリスを変装させる意味もある。
「……よし」
俺は一筆を書き終え、それを読み直す。
嘗ての戦国武将もそうしたというがまさか俺自身がこう言った手紙を書くことになるとは……。
「……というか、メールも電話も無いのが不便だとは思わなかった」
口にして言った事だが、今は大して不便だとも思っていない。
人間慣れと言うものがあるからだ。
これに慣れてしまえばこれも良い。
そんな風に思いつつも、俺は丁寧にそれを包むと……蝋で蓋をする。
「問題は……」
これを誰に持たせるかだ。
下手な奴に持たせたら裏切られてしまうのがおちだ。
かと言って、誰が信頼できるかというとまだ分からない。
だが、確実に駄目だと分かる人物も同時に知っていた。
適切なのはレラ師匠だが……。
「彼女に何かあったら困るのは俺だ」
そう、彼女には居てもらわないと困る。
そうじゃなければファリス一人でこの街を任せることになってしまうからだ。
「だとすると……そういえば、そうだな、あの人に頼もう」
俺は思い当たった人物に手紙を頼もうと準備を始めたのだった。
部屋を出た俺は頭がおかしいとさえ思った。
何故ならその人物とはあまり接点が無いと思っていたからだ。
なのにそんな重要な事を頼んでいいのか?
そんな疑問が生まれていた。
だが……他にファーレンの元へと無事に手紙を送り届けられる人物を俺は知らない。
偽勇者の仲間達と言うのも思い浮かんだのだが、彼女体にそれをさせるのは酷だ……。
表面上は何もない風に装っていても男性に対し恐怖を抱かないとは言い切れないからな。
「とはいえ……」
1人で彼に会いに行くのはちょっと気が引ける。
というか、何処にいるんだ?
いや、レラ師匠に聞くしかないというのは分かってはいるんだが……。
そもそも本当に信頼できるのか? いや、この場合信用か?
うーん……。
俺は首をひねりつつレラ師匠を探す。
部屋には居なかった。
とすると……。
訓練場だろうか?
向かってみるとその日の訓練は終わっているのか兵士の数はまばらだった。
レラ師匠はどこだろう……。
そう思って探してみると彼女はすぐに見つかった。
彼女は剣を構え虚空を切る。
どうやら訓練をしている様だ。
その剣線は俺には捕らえることが出来なかった。
カインだったら違ったのだろうか?
そんな事を考えながら近づいて行くと……。
「うひゃぁ!?」
急に感じたのは違和感と言うか嫌悪感と言うかとにかく嫌な感じだ。
「ほっほっほっ!」
俺の脇を通り過ぎていくのは爺。
今触った!? 触ったのか?
「これで寿命が5年は伸びたわい」
いや、それはどうなんだよ!?
思わずそう突っ込みそうになると師匠は俺の悲鳴に驚いたのか此方を向いていた。
そして、その理由を悟ったのだろう。
「相変わらずですね」
思いっきり、隠すそぶりも無く嫌悪感を前面に表情に表しながら言った。
「師匠」
やっぱりこの爺が彼女の師であり、アルセーガレンの賢者なのだろう。
全く、大した通り名の癖にただのスケベ爺とは……。
お決まり、なのか?
「おーおーお前さんも色々と大きくなったのう、どうじゃ? わしの世話をしてくれんか?」
何故だろうか?
彼女達はまだ再会をしていなかったようだ。
しかし、世話をしてくれないか? と前に夜と付きそうなのは俺の気のせいか?
「お断りします」
師匠があっさりと断ると爺は此方を向いて来た。
「なら嬢ちゃんじゃな、可愛らしいからの」
「いや、こっちもお断りだ」
俺はねっとりとした視線から逃げるように身を抱き一歩後ろへと下がる。
やっぱりこの人に頼もうとしたのは間違いだっただろうか?




