380 手紙
彼の表情を見て俺はすぐに話を聞いた方が良いと悟った。
何故なら彼は汗をかき、息を切らせている。
そして、その表情は切羽詰まった物だ。
「どうした?」
「は、はい……」
彼は息を整えるとゆっくりと口を動かす。
じれったい。
そうは思っても黙っていた。
何故なら焦らせてもなにも意味が無いからだ。
「実は先日調査に向かせた兵が捕まったと今知らせが入りました」
「捕まった? 誰にだ……?」
と口にしたが大体は予想できる。
平和主義者のファーレンだろう。
ベルゼの領地に足を踏み入れてはいないしな。
もしそれでベルゼに掴まったというならファーレンを利用することもできるが……。
流石にそこまで屑ではないはずだ。
「ファーレンの城にいるようです……」
「そうか……」
やっぱりか……予想通りとはいえ、厳しいな。
だが、相手は平和主義……。
表立った戦争はしたくはないだろう。
なら――。
「交渉の余地は? それに罪状は?」
「ええ……なんでも怪しい動きがあったとの事で……交渉の話は既に来ています」
彼はそう言うと丸められた羊皮紙を手渡して来た。
俺はそれの紐を解き読み始める。
『スクルドの新たな領主へ……我が友ノルンを手に欠けた悪女であり、またこの度わが国に魔の手を伸ばす者よ……』
なるほど……。
俺が悪人か、まぁ良いが……納得はしたくはないな。
『先日、此方へと放った斥候を捕らえた。これは我が国に対する敵対行為とみなしている。異論があるならば勇者を差し出せ』
そう来たか……にしても、やっぱり俺が悪人と言うのは納得できない。
が……。
「フリンはこの手紙を見たのか?」
「はい、毒虫がひそめられているといけないので失礼ながら拝見いたしました」
へぇ……やっぱりフリンは良い奴だな。
「それで? いかがなさいましょうか?」
彼は俺に判断をゆだねてきた。
その表情は焦りから怒りへと変わっている。
それはそうだろう。
ノルンが死んだ理由はファーレンの所為と言って良い。
逆に言えばノルンが死んだ理由はクリエを助けるためだ。
だというに、彼は……彼らはクリエを悪くは言わないでくれた……。
だから、兵士を見捨てるなんて……。
「打って出ると言いたい所だが……」
残念ながらこっちの兵力も兵糧も足りない。
下手に遠征し、戦争をおっぱじめれば負けるのは分かり切っている。
だが、同時にこの手紙を送ってきたのは自分の存在を意識づけるための物でもあるだろうという事だ。
『私は見ているし、知っている……下手な行動を取ればすぐに裁けるぞ?』
そう言われているようにも思えた。
だが……俺が取る選択肢の中にクリエを渡すと言うものはない。
「……キューラ様?」
「ああ……」
彼は怪訝な顔をして俺の顔を覗き込む。
そう、クリエを渡すつもりはない。
だが、このまま返事をしなければいくら平和主義者といえ、何をしてくるかは分からない。
なら……。
「街の警備を厚くしてくれ……それと、俺達は出る。不在中はヘレンが代行だ……それと兵についてはレラ師匠に一任する」
「不在? まさか少人数で!?」
驚かれたがまさにその通りだ。
ファーレンはきっと俺が攻めに来るとは思っている。
だが、逆に考えればクリエを渡しに来るとは思わないはずだ。
「……クリエは置いて行く……護衛のファリスもだ」
戦力が著しく低下する。
そんな事は分かっているが、俺は考えた策を彼に伝える。
「連れて行くのはトゥスさん、護衛兵を数人、そして……イリスだ」
「イリス? イリスとはあのエルフの? ですが彼女は薬師で……」
いや、正しくは精霊石技師だ。
だが、彼女で良い……。
「クリエとイリスは背が大体同じだ。耳さえどうにかして、布を被れば隠せるはずだ」
そう、俺の策。
それはクリエの引き渡しには絶対に王が顔を出すと踏んでの策だ。
「ですが、すぐにばれてしまいます!」
「分ってる、隠せると言っても少し目の利く奴ならばれてしまうだろう」
そこでトゥスさんの力が必要になってくる。
そう……彼女の得意分野。
「ファーレンを暗殺する」
「……な!?」
その言葉に驚いたのは勿論フリンだ。
そして、彼は慌てて首を振り。
「何を言っているのですか!? 王を暗殺など!? 国が混乱します!!」
「だからだ……混乱した国はやがて野心がある人間が支配したがる。そうなると勝手に戦争をおっぱじめるだろ?」
その間にしっかりと地盤を固めて置いた俺達は国を宣言、クリードに友好を求める。
いきなり国を乗っ取ろうとする者よりは有利に動けるはずだ。
「前代未聞です!! そんな魔大陸のような……」
「ベルゼはそうしてきたんだろ? 前代未聞ではないさ……」
俺がそう言うとフリンは大きなため息をついた。
「それは……しかし、ですね?」
「このままじゃいずれ俺達はファーレンに滅ぼされる。彼を殺す事で結束する可能性もあるが、どんな政治にも文句はつきものだ……支配したがるやつは絶対に居る」
そう言い切ると心当たりがあるのだろうフリンは黙り込んでしまった。
「俺はクリエを渡す訳にはいかない」
「……分かっていますとも」
彼はそう言うと再び大きなため息をつき……。
「ベルゼはそうしてきた……悪王と呼ばれる覚悟はあるのですか?」
「悪でも正義でも関係ない、俺は俺のやる事をやるだけだ」
そう告げると彼は諦めたのだろう。
「分りました……では、その様に……」
心の中で彼に謝りつつ。
彼が話を聞いてくれたことに感謝をした。




