378 二人の勇者
「ちょ、ちょっと待て!」
俺はクリエの話について行けず彼女の言葉を遮った。
ガゼウルは知っている。
この世界の神の一人だ。
だが、それが父?
「えーっと、神様は本当に居る?」
俺が呟くとクリエは当然としてイリスも怪訝な表情を浮かべていた。
「何言ってるの? 当然だよ?」
「まるで信じてもらえてないようです」
イリスは飽きれ、クリエはがっくりしている。
嘘だろ? 神様が本当に居るだって!?
だとしたらどういうことだ……。
つまり……。
「クリエの両親は本当の両親ではないって事か?」
俺が訪ねると彼女は首を横に振る。
「血を分けた両親はちゃんと地上に居ます。ですが父ガゼウルは私と言う魂を両親の元へと送ってくれたんです。元々何も入っていなかったようですから」
つまり、魂が無いから生まれてすぐ死ぬって事か……。
何というか、凄い世界だなここは。
とにかく、今は神が居るという事を前提で考えないといけない。
クリエの言った事を整理しよう。
いや、整理するほどの事でもないか……。
クリエは世界を滅ぼすために居た。
そして、その役目を告げに来た使いを殺してしまった。
クリエは優しいから罪の意識を負い、自らの殻にこもってしまった。
これが今までの経緯で間違いはない。
だが……そうなると……。
「クリエは奇跡を使えるのか?」
「……はい、人間が私を裏切った時、私の魔力はかき乱され肉体は脆くなります、ですが崩壊の奇跡だけは使えると言われました」
崩壊の奇跡。
それは果たして奇跡なのだろうか?
「……それは私も知っています」
イリスもか……だが、なぜ彼女が居る所で話した?
流石に世界の危機となれば人によってはクリエに襲い掛かるかもしれない。
いや、寧ろその方が良いのか?
「クリエが死ぬとその奇跡は発動するのか?」
彼女は俺の質問に頷いた。
そうか、ならやっぱり何の問題も無いわけだ……。
いや待て、何でそれをクリエが知ってるんだ?
「それは誰から?」
「同じ人からです……」
だとすると辻褄が合わないな。
クリエを助けなければとイリスが考えたとして、まず俺達を探すだろう。
それにただ単純に奇跡を使わせたいなら俺達を潰すべきだ。
「何で俺達は狙われなかった?」
「それは崩壊の奇跡でキューラちゃん達の肉体は消滅しても魂はお父様の元へ招かれるからです……私を助けてくれたことを評価してくれてるとの事でした」
なるほど、だから殺すのではなくクリエの奇跡が必要だったという訳か……。
「だから、もう……良いんです。私は消えるべきです……皆の前から……死ぬことも許されないんです……誰からも忘れられて、ひっそりと生きるべきなんです」
その言葉は震えていた。
「私の所為でカインさんは……」
それは違う。
違うんだクリエ……。
「キューラちゃんにも傷を……」
そう言って俺の胸へと手を当てるクリエ。
冗談を言う気力すらないのだろう……泣き声がその場に響いた。
クリエは世界を滅ぼす存在だった。
だが、それは俺に何か変化をもたらしただろうか?
不安そうに俺を見るイリスが居た。
きっとこれから俺が口にする言葉が心配なのだろう。
心外だが……事情を聴いた後じゃ気持ちが変わる可能性もあるからな……仕方がない。
だが……。
「クリエ……」
俺が彼女の名を呼ぶと彼女はびくりと身体を跳ねさせる。
そして、ゆっくりと顔をあげた。
そこにあったのは怯えた少女の顔だ。
捨てられる……きっとそう思っているのだろう。
だが、そんな事は無い……。
「大丈夫だ、安心しろって……俺が君を守る」
「……え?」
そうだ、何も変わらない。
彼女が勇者である必要は俺にはない。
俺に必要なのは彼女だ……。
「俺は勇者なんかを守ってた訳じゃない、クリエを守りたかったんだ」
「………………」
呆然とするクリエに俺は恥ずかしいと思いつつもそう告げる。
「だから、世界を滅ぼす存在だとかそんな事はどうでもいい。それに勇者じゃないってその力はあるんだろ?」
「は、はい……それはそうです。ただ奇跡を使うと必ず……」
世界は滅びるって訳か、でもそれだけなら本当に大した事は無い。
使わせるつもりが一切ないからだ。
「なら、別にいいじゃないか……元から奇跡なんて使わせるつもりはない、俺はクリエを守るこれまで通りだ」
笑みを浮かべ彼女にそういう。
彼女は再び顔を歪め泣き始めた……だから、俺は彼女をそっと抱き寄せた。
そうだ、俺はこの子を守りたい。
だから、何があろうとそんなのは関係ないんだ。
そう思いつつイリスの方へと目を向ける。
すると彼女はほっとしたような表情を浮かべていた。
もしかして、本当に俺がクリエを見捨てるとでも思っていたのだろうか?
そうだとしたら、本当に心外だ。
だが……別に攻める理由も無い。
俺はただただクリエをなだめるのだった。




