375 交渉成立
「すべてやるというのですか!? 無茶ですよ!?」
「分ってる」
そんな事は分かっている。
だが、彼女は一つ勘違いをしている。
「俺は何も一人で全部はやらないさ」
「……へ?」
俺の言葉に彼女は目を丸くした。
俺ってそんなに無茶をするタイプに見えるのだろうか?
正直言って予想外だが……。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
「だから君にこうしてお願いしに来てるんだ」
そう告げると彼女は顔を少し赤らめ……。
「そ、それはそうでしょうけど……」
「もう一度言う、頼めないか?」
留守をするには誰か統治する管理者が必要だ。
だが、それには信頼できる人間でなくてはならない。
彼女なら信頼できる。
俺はそう思うんだが……。
彼女が首を縦に振らない限りそれは叶わない事だ。
だから、俺は彼女に頭を下げた。
「え? ちょ!?」
当然彼女は驚き狼狽する。
今は同じ貴族と言っても良いだろう。
だが、立場が違う。
彼女はただの貴族で俺はこの街を収める貴族だ。
彼女は下のはずであり、そんな人に頭を下げる貴族はいない。
「止めてください!! 貴女は街を収めて……」
「止めない、どうしても君が必要だ」
だからはっきりと態度と言葉で示さなければならない。
「どうか、俺達に手を貸してほしい。俺達が旅に出た時にこの街を守ってほしいんだ……俺の代行として、頼めないか?」
もう一度、彼女に頼む。
すると彼女は……。
「先ほども言いました」
「聞いてる」
「お断りしました」
「分ってる、でも頼む」
融通が利かない。
そう言われても仕方のない事だ。
だが、こればっかりは中途半端な人に任せる訳にはいかない。
彼女ならばある程度領主の仕事を知っている。
何故なら、彼女は故郷で親の代わりをしていたからだ。
実力がある……!!
「頼む」
短い言葉。
だが、俺の意思がこもった物ではあった。
だからだろう……彼女は深いため息をついた。
「全く信じられません……」
そうぼやいた彼女は――。
「顔をあげてください、そうやっていつまでも頭を下げている気ですね? 本当に困った人です……分かりました、お受けいたします」
「本当か!?」
俺が顔を跳ね上げると彼女は困ったように笑い。
「ええ、ただし! 私が街に帰れるようにしていただく事と、貴女達はちゃんと帰って来る事、これが条件です!」
「ああ! 分かった!!」
よし! これでもしもの時の代理は見つかった。
なら……。
「早速屋敷に行こう! 皆も喜ぶ」
俺がそう言うと彼女は一瞬戸惑った。
だが、すぐに何時もの表情へと変わると頷き……。
「そうですよね、私は話を受けたんですからね……」
少し嬉しそうな彼女を見てみると牢獄の街のような裸同然といった服ではない。
だが、それでもボロボロの服を身に着けていた。
再会できたことの方が嬉しくて、あまり考えてなかったが……。
そうだ、この子は奴隷に堕ちる寸前だったんだ。
その事を思い出し、俺はじっと彼女を見つめた。
「服、クリエにでも選んでもらうか?」
「止めてください!? もう下着同然になるのは嫌です!?」
親切心で言った事に対し、彼女は凄い勢いで反応してきた。
いや、うん……。
俺の服はきっとそうするだろうが、他の人の服は……。
そこまで頭に浮かんだ時「うへへへ」と笑いながら変な服を持ってくる彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
ああ、駄目だ。
きっと彼女は女性であれば誰にでも変な服を持っていくに違いない。
何故かああいった服を探し当てるのは得意だからなクリエは……。
「ですが、お恥ずかしい話、私は自分で選んだことがありません……キューラさんが選んでください……」
今着ている服はどうしたのだろうか?
そう思いつつも、確かにクリエに任せるよりはましかもしれない。
そう思った俺は……。
「分かったじゃぁまずは服屋に向かおう」
「ええ、お願いいたします」
俺の提案を彼女は微笑みながら受け入れてくれた。
それにしてもヘレンに合う服か……。
彼女はあまり煌びやかな服は好まないだろう。
とはいえ、どんな服が似合うのかも分からない。
会った時と同じような服があればそれで良いんだが……。
そんな都合よく、見つかるだろうか?
「キューラさん?」
「あ、いや、何でもない、行こうか……」
俺は彼女にそう告げると彼女は小さな鞄を手に取った。
今はそれしか荷物が無いのだろう。
「はい! 行きましょう」
だが、服が買えることが嬉しいのか満面の笑みだ。
まぁそうだよな今の服はどう見たっていい物じゃない。
ましてやあの荷物だと一張羅だろう。
女の子がそれじゃかわいそうだ……2~3着ぐらいは取りあえずそろえておいた方が良いよな。
俺はそう思いつつ、彼女と共に宿を出るのだった。




