374 ヘレン
俺は街にある宿へと向かう。
そこに本当にヘレンが居るのだろうか?
もし居るのであれば……。
「この街は安泰だ」
何故そう思うか? それは簡単だ。
彼女は民を思う貴族であり、俺達の仲間でもある。
その理由は簡単だ。
クリエを守ろうとしてくれた……。
だが、彼女は死んだはずだ。
俺はそうとも考えていた。
しかし、俺達は誰一人として彼女が死んだところを見ていない。
そう、誰一人として……。
クリエが居たあの場所に他に誰かが居たのは間違いない。
そして、その人がクリエを庇っていてくれたこともそうだろう。
「でも……それがヘレンじゃなく別の人だったって事か……」
俺はそう呟くと宿へと急ぎ……そして、辿り着いた。
宿の扉を潜り抜けると中に居たのは老人の男性。
彼は俺を見て……驚いた様だ。
「これは、これは……キューラ様、このようなさびれた宿に何の御用で?」
「ここにヘレンって言う人が泊まっていないか?」
俺が問うと彼は考え込み……。
「いえ、此処には居ませんな……そう言えば、この前酒場の物が貴族が泊まりに来たとか言っていましたな」
「それか!」
宿じゃなくて酒場か……。
以前世話になった高級宿の方は目立つし避けるとは思ってはいたが酒場とは……。
いや、考えてみれば当然だ。
俺は冒険者でもあるからな……居るならそこと考えてもおかしくはない。
「すまない、助かった」
俺はそう店主に告げ、酒場へと急いだ。
急ぐと言っても酒場はすぐそばだ。
同じように扉を潜ると其処には貴族らしい人は居なかった。
店主の方へと尋ねてみると……。
「ああ、はい! 居ますよ? ですが……」
店主は困ったような表情で俺を見る。
どうしたというのだろうか?
居るのであれば早く会いたいんだが……。
「貴族は貴族……信じるのは――」
「そんな事か、良いから会わせてくれ」
俺が一言でそう話をつけると彼はしぶしぶと部屋へと案内をしてくれた。
案内された先の部屋をノックする。
すると中からは返事が聞こえた。
間違いない、ヘレンだ!
「入るぞ……」
「へ!? ちょ、ちょっと待って下さ――」
扉を開けると其処には何故か半裸と言うか下着姿の少女が居り……顔を真っ赤にしてフルフルと震えていた。
「あ、わ、悪い」
思わずそう口にすると彼女は――。
「は、速く入って来て扉を閉めてください!! 速く!!」
と言い始めた。
何故? と思ったがそうだ、今の俺は女だった……。
中に入ると急いで服を着たヘレンは頬を膨らませていた。
そして、俺を睨み……。
「返事はしましたけど、どうぞとは言ってません!」
「す、すみません」
何も反論できず俺はただただ平謝りをしていた。
すると彼女は――。
「まぁ貴女は女性ですし、男性じゃないのでまだ良いですけど……」
ごめん、言いにくいけど俺は一応男だ。
名実ともに今は女だけどな。
「どうしたんですか? 変な顔をして……」
「うぐっ!?」
首を傾げるヘレンだったが、先程の着替えのお蔭で分かったことはある。
この子は本物だ。
ゴーレムとかではない。
「ヘレン、その……」
俺が話を切り出そうとすると彼女は俺の方を見つめてきた。
そして……。
「驚きましたよ? やっと見つけたと思ったら、領主になっているんですから……でも、なぜこんな所で?」
「……色々あったんだ、とにかくヘレンが生きていてよかった。俺はてっきり……」
死んでいたものと思っていた。
だが、彼女はこうして目の前にいる。
カインは死んでしまったが、これは嬉しい話でもあった。
「頼みがあるんだ……」
俺は彼女に領主代行の話を切り出す。
「実は……」
まずは何故俺がここで領主をしているのかという事だ。
そして、これからの事……。
すべき事……。
その為には街を離れないといけない事。
その時に街を統治するものが必要な事。
それらを全部話すと……。
「…………キューラさん」
「頼めないか?」
彼女は難しい顔をしていた。
そして次に口を開いた時――。
「何故、領主の話を受けたんですか?」
そう言って来た。
「それは……」
「助けていただいた事は分かりました……ですが、それを受けると受けないでは話が違います。貴女には最初から魔王を倒すという目的はありましたよね? なのに何故拘束される領主になる道を選んだんですか?」
何も言い返せなかった。
「その上でやっぱり魔王を倒すからその間統治する者が欲しい……それじゃ都合が良すぎませんか? 貴女は民の事を本当に考えているんですか?」
「そう、だよな……」
俺は彼女の話をただただ聞くしか出来なかった。
「もし、お考えでないのでしたらお断りします。貴女も一度受けた事です。魔王対峙は新たな勇者にでも任せてここで一生を過ごすのが良いかと思います」
彼女は怒っている。
それだけは分かった……。
そりゃそうだよな……領主の件安請け合いし過ぎだと思われてもおかしくはない。
「いや、駄目だ……」
「え?」
「俺は領主になるつもりはない……ここで新たな魔王になる。そのためには魔王がじゃまだ……クリエは守る。民も約束も守る」
だが、俺にだってやるべき事は分かっているんだ。




