352 滅びの勇者
「あああああああああああああああああ!!!」
まるで咆哮の様な叫び声。
それを発するのは今まで大人しかった少女だ。
「お、お嬢ちゃん!?」
彼女は呪いかなにかで幼児退行している。
そう思い込んでいた彼女達にとってはそれは予想外の行動だった。
「キューラちゃん!? キューラちゃん!!」
このままではまずい、そう思ったのだろうチェルはキューラを起こそうとするが……。
彼女に反応はない。
堅い岩肌にぶつけられたわけではない。
だが、当たり所が悪ければカインと同じ結果を招くだろう。
チェルはその事に気が付くとガチガチと震え始める。
「早く魔法を使いな!!」
そう指示をするトゥスの声は彼女にはやけに遠く感じた。
「魔物、倒さなきゃ!!」
焦りを含んだファリスの声も響くが……。
次に聞こえたのは――。
「――あ?」
焦り過ぎたのだろう。
手に取った鎌を魔物によって弾かれ困惑する声だった。
冒険者にはよくある事。
仲間が一人失われてしまった時。
正常な判断が追い付かず……全滅する。
それはこの世界においてどこでも起きている事だ。
そして、今ここでもそれは起きていた。
カインと言う仲間を失った事で一行の主軸であったキューラは傷ついていた。
だが、彼はそれでも戦い。
その結果、まともな判断が追い付いていなかった。
そして――。
「――ひっ!?」
「チッ!! 伏せなチビ!!」
一見冷静に見えるトゥスでさえ焦りを覚え……。
彼女達は敗北の一文字へと向かっていく……。
人と魔物。
それは相容れない存在で……。
互いに互いを殺し合う。
これは何処でもある風景だ。
だが、一つだけ違う事があった。
ただただ叫びをあげる少女はガクンと地面へと目を向ける。
「――――――――」
彼女はぶつぶつと呟きそしてその顔を上げると……。
「きゅーらちゃんになにをしてくれたんですか」
抑揚のない声で魔物へと告げ……ゆっくりと歩みを進めた。
「きゅーらちゃんに……」
その瞳は魔物を捉えていたしかし、まるで死人の瞳の様でもあった。
それは普通ではない。
誰もがそう思うであろう光景だった。
「なにをしてくれたんですか!」
声はより大きくなったが、それでも抑揚があまり感じられない。
しかし、その言葉を聞くと魔物達は委縮した。
いや、魔物だけではない……。
「クリエ……さん?」
「ど、どういう事だい? これは……」
彼女が一歩また一歩と進むと其処にあった草花が枯れ……道となる。
「魔法? いや、魔力は感じない……いったいこれは」
何が起きている。
トゥスはその言葉を飲み込みつつ声を失った。
近くに居た虫が落ちたのだ。
何の前触れもなく……。
ただクリエが近づいただけで……その虫は落ちた。
そして、動かなくなったのだ。
「――なんで、きゅーらちゃんをなんで、なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……」
彼女は壊れたかのようにぶつぶつと呟きながらコボルトへと近づく……。
その異様な雰囲気は魔物さえ怯え逃げようとした。
しかし――。
「ねぇ、どこいくんですか? そっちじゃないこっちですよ? こっちでおとなしくしんでください」
まるで呪いをかけるかのように普段使わないであろう言葉を……魔物の死を望むクリエの声。
それが紡がれると同時に魔物達は苦しみだし、その場で胸を首をかきむしる。
鮮血が溢れようが気にするそぶりも見せず。
ただただおびえたように震えながらも苦しみ悶え……そして……。
「もっと、もっとです……きゅーらちゃんはもっといたいめにあったんです。こころもからだも……だからあなたたちもこわれてしんだください」
それは異常としか言えなかった。
だが、現実に起きている事だ……。
魔物達は身体をかきむしるのをやめると今度は共食いをし始めた。
それをみてクリエは笑う事もせず、怯える様子もなく……ただただ眺めていた。
そして、魔物が動かなくなると彼女はトゥス達の方へと目を向け……。
「あ、あああ?」
チェルは思わず怯えた声をあげてしまった。
それが切っ掛けか、それとも偶然か……彼女はゆっくりと瞼を閉じるとその場に崩れる様に倒れてしまった。
「一体、何が起きたんだい」
トゥスはそう言いつつ、その場から動けなかった。
何が起きるか分からないからだ。
「……わから、ない……でも私達は無事」
その質問にそう答えたのはファリスだ。
彼女やスライムはクリエの傍にいたはずだったのに被害は遭っていなかった。
どういう事か、分からず困惑しつつ……一行は体勢を立て直すためにキューラの治療を始めるのだった。




