350 役割
ファリスは泣き疲れたのか、俺の服にしがみ付き寝息を立てていた。
他の仲間もいつのまにか寝ている。
起きているのは俺だけか……。
そう思っていた時だ。
「寝ておきな、見張りならアタシがしておくよ」
そう聞こえ、俺は声の主の方へと目を向けた。
「…………」
「寝れないって事かい?」
俺は頷いた。
寝れる訳が無い。
「仲間が死ぬのはいつか起きる事、気にしたってしょうがない……そう言いたいけどね、流石にアタシもそこまで外道じゃない」
彼女はそう言うとなにやらコップに注ぐ。
甘い香りが辺りに広がった。
妙に落ち着く匂いだ。
「飲んでおきな」
「これは?」
差し出されたものを受け取りつつ俺は彼女に問う。
「果実の蜜を使った飲み物だ……寝れない時なんかに飲むと良く寝れる」
どうやら、俺が寝れない事に気が付いて入れてくれたみたいだ。
「魔王を目指すんだろ? だったらこんな事は何度も起きる」
「慣れろって事か?」
俺の質問に彼女は驚いたような表情を浮かべた。
だけど、すぐに首を振る。
「それは違う、それはアタシの役割だ」
「役割……?」
俺は彼女にもう一度問う。
甘い香りに誘われ、飲み物に口を付けた。
本当にひどく安心する香りだ。
「ああ、そうだ……アタシのターナの役割だ」
「…………」
言っている意味が分からない。
そう思いつつ、俺は不思議と飲み物に誘われ、一口、もう一口と飲み始めた。
飲めば飲むほど飲みたくなる。
何なんだ……これは……。
「だから、アンタは休んでおきな……キューラ・クーア……」
最後に聞こえたのはそんな言葉だった。
「……酷な事だね、でも……アンタはそのままじゃなきゃいけない。邪魔者を殺し、仲間の死をまじかで見るのはアタシの役割だ……そうだろ?」
彼女はキューラが寝たのを確認すると後ろへと振り返る。
「……アンタだって知ってるはずだよ。知らないのは生まれを知らないこの子だけだ」
「……知らない? 自分の役割を知らないんですか?」
彼女は驚いたようにトゥスの言葉に答えた。
「そりゃぁね……あの人はアンタの所に居た……間違いなく血が繋がってはいるけどね、この子の家にはなにも伝わっちゃいないのさ」
「……私は会った事なんてありません」
彼女はそう言うとキューラの傍へと寄り……。
「でも、貴女は何も知らないキューラちゃんに役割をさせるって言うんですか? キューラちゃんだってカイン君が死んで……!!」
「こればっかりは役割だと知ってやるんじゃ意味が無い、この子自身が選ばなきゃいけないんだ……」
彼女はそう言うと一枚のコインを取り出した。
そこには5本の矢が描かれており……うち四本には灯が灯っている。
「そうだろ? 寄り添い慕う者……」
「……私は納得できません、この子がクーアだって言うのは分かりました。だけど……それでも!」
彼女はキューラの頭を撫でトゥスを睨む。
「守り通す者……その役割をするには優しすぎます」
「大丈夫さ、キューラはやる奴だ……もう人を手にかけてる……それだってしっかり立ってきたんだ」
それを聞き彼女は立ち上がるとトゥスへと詰め寄った。
「まさか、そう仕向けたんですか?」
「そんな訳ないだろう? ただ丁度良い時があった。だから、そうするようにしただけさ……」
「それを仕向けたっていうんです! それだけ、キューラちゃんの負担になるんですよ!?」
納得できない。
そう言いたげな彼女は拳を握りトゥスへと告げる。
「貴女とは違うんです! 障害を排除する者とは!! 貴方達とは違うんです!」
「そうかい? だけど必要な事さ……それに、その子はもう逃げられない。受け継いじまったしね、誰も手に入れられなかった力をね」
トゥスはそう言うとキューラの方へと目を向け、すぐにクリエへと目を向ける。
「今代のアタシ達がやらないと駄目なんだよ、過去の勇者に仕えた子孫であるアタシ達がね……」
そう呟く……。
しかし、チェルは納得できるはずがない。
現にキューラは壊れる寸前だ。
それを見て、彼女の所為だとチェルは攻める事は出来なかった。
寧ろ……。
「彼女が壊れたらクリエさんだってどうなるか分かりません」
「………………」
「役割って言いますけど、私だってこの世界はおかしいと思いますけど! それでも、キューラちゃんが犠牲になるなら何も変わらないじゃないですか!!」
そう静かに怒鳴った彼女はキューラ達へと目を向け、すぐに地面へとその視線を落とす。
「そんなの、勇者に犠牲になれっていう人達となにも変わらないじゃないですか……」
そして、そう繰り返すのだった。




