342 絶望を感じる者達
傷を癒してもらった俺は研究施設の道具を壊した。
このまま残していては危険だからだ。
資料も焼き払い、最後に岩で埋める。
「……生存者は俺達とたった一人か」
俺は彼女へと近づき、顔を覗き見る。
身体に変化はない。
だが、精神が壊れてしまったのか反応はしなかった。
「連れて帰ろう」
俺はそれだけを口にし歩き始める。
「大丈夫だよ、立てる?」
チェルが彼女に優しい声をかけた時だ。
「どうしたの?」
彼女のそんな声が聞こえ俺は嫌な予感がした。
振り返ると虚ろだった少女はチェルへと目を向けている。
それだけなら良い、目を見開いてその瞳孔が開いているのが分かった。
まともじゃない――! それを証明するかのように……。
「魔物!」
ファリスが叫ぶ。
「――え?」
チェルは当然呆けた声を出していた。
だから逃げる時間なんて彼女にはなく……女性はチェルの細い首に手を当て……。
「――っ!? あ……あ? く、……」
俺達には聞こえはしなかったが恐らくは彼女の耳には自分の骨がきしむ音が聞こえているだろう。
「なんで? 綺麗なまま、なんで貴方……綺麗、な……私は私は私は私は私は私は……」
まだ人間である部分が残っていたのだろう。
言葉を話す分、余計に気味が悪かった。
「そうだ、そうだ……ねぇ、それ頂戴、それそれそれそれそれそれそれそれそれ!!」
口元は笑い、例え事情を知らなくても普通じゃないのが分かる。
こいつはまずい……。
「チェル!!」
カインも予想外の事に驚いてはいたもののすぐに正気を取り戻し、チェルの元へと走る。
だが……。
「ぐぁ!?」
彼女の背……いや、尾てい骨あたりから一本の尻尾が生え、彼を壁へと叩きつける。
同時に彼が持っていたランタンは地面へと落ち、灯は失われた。
「じゃま……ねぇ、じゃま……」
繰り返しながらそういう女性だった魔物は尻尾を伸ばし、カインへと叩きつけようとしている。
「キューラ、灯が無きゃ銃は無理だよ!!」
トゥスさんは俺にそう言うが、灯なんて付けてる暇がない。
「ファリス!! カインを助けろ!!」
咄嗟にそう叫んだ後俺は腕を真っ直ぐに伸ばす。
「グレイブ!!」
若干狂ったが出現場所には問題ない。
チェルにあたらないように解き放たれた魔法は魔物の細い腕に当たる。
「――けほっ、ひゅ!? はぁ……はっ、はぁ……」
何とか拘束から放す事は出来たみたいだ。
荒い呼吸が聞こえ俺は彼女が無事だった事に胸をなでおろした。
「何で? 何で何で何で何で何で何で何で」
魔物は此方へと向き、そう繰り返す。
俺は――。
「お前が何を望もうとももう帰ってこない……」
そう言うと彼女は「何で」とまた繰り返す。
「自分を良く見て見ろ!! お前がしたことを考えてみろ!!」
気が狂うだろう……だが、彼女を殺すには隙が必要だ。
そう思って叫んだのだが……。
彼女は自身の姿を見始めた。
魔物となったことで夜目が聞くようになったのだろう。
その瞳は見開かれ……。
わなわなと震え始めた彼女は次にカインの方へと目を向ける。
見慣れない姿になった彼は骨が折れたのだろうぐったりとした起きる様子はない。
そして今度はチェルへと目を向けた。
そこには彼女を怯えた目で見つめる少女の姿がうつった事だろう。
チェルは見えないだろうに後ろへとズリズリと逃げている。
「あ……ああ?」
発狂する。
そう思った瞬間魔物は膝から崩れ……。
「……して……」
何かを呟いた。
だが、それが何なのかはすぐに分かった。
「私を――――殺して!!」
魔物となった自分を理解し、彼女は死を選んだ。
俺は……まだ人間の彼女を殺せない。
そんな甘い事を言うつもりはない。
「――っ!? キューラちゃん駄目――」
「シャドウブレード……」
チェルの声が聞こえたが俺は魔法を唱えた。
悲鳴をあげない為だろう。
口元を押さえた魔物は静かに息を引き取る。
なんというか……言葉に言い表せない程辛い。
魔物化を自覚させて少しでも隙をと思ったが、彼女はまだ人間だったようだ……罪悪感を感じて、自分から……どっちにしても辛いが……こっちのほうが辛い。
「あ……」
呆けた声が聞こえ、俺はランタンに明かりをつけた。
そこには俺の魔法で絶命した魔物と怯える少女が一人……。
彼女は何も言わず、俺が近づくと……。
「ひっ!?」
小さな悲鳴を上げた……。
「行こう、チェル……」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
だが、彼女は俺を怯えた目で見ていた。
「カインを助けないと……」
そう言うと彼女はガチガチと震えていた。
そこで気がついた……。
彼女は俺を見ていた訳じゃない事に……。
「キューラ……分かってるんだろ?」
トゥスさんの諭すような声に俺は首を振る。
「チェル、早く! カインを助けないといけないんだ……」
そして、俺はチェルを急かすのだった。




