340 魔物と化した少女
これで終わり、そう俺は思っていた。
だが……。
『キャァァァァァァアアアアアアア!!』
聞こえてきたのは怯えたような、気が狂ったような悲鳴だ。
俺が放った拳は悲鳴が聞こえるとともに触手の様な物に阻まれていた。
一体なにが起きたのか? 俺は慌てて触手の先を見る。
「な――!?」
奥に居た魔物は気味の悪い目を俺へと向けている。
まさか、守ったのか?
「おお! 意外と使えるな」
冷静さが戻った声に、俺は咄嗟にその場から離れようとした。
しかし、遅かった。
「――っ!?」
触手は俺を拘束し、徐々にその力を強めていく。
「ぐっ!? ――はっ、ぁ……」
『キャァァァアアアアアアアア!!』
息が出来ない。
奴が叫び声をあげる度に締め付けが強く……身体がミシミシと悲鳴を上げている。
「キューラ!!」
トゥスさんの声が聞こえた。
だが、近くの声のはずなのに遠くに聞こえる。
ヤバいな……そう思っていると、男は嫌らしい笑みを浮かべている。
「良いな、その表情そそる……実にそそる、何故だ? 俺は実験動物以外に興味はなかった……だが、貴様は良いこのまま生かして飼うのもいいかもな」
「――――ぁ!?」
お断りだ! そう口に出そうとしたが、何も言えず俺は苦しさに喘ぐ……。
きっと魔物も苦しいのだろう、だから叫び行き場のない力で俺を締め付ける。
逃げられない、そして――。
「動くな、動けばこの女は死ぬぞ? 殺すのは惜しいが、腐る前は楽しめそうだ……」
そう言った男はナイフを俺へと近づけ、俺の顔をべろりと舐め始めた。
気色悪い、だが、抵抗する術はない。
「変態だね」
トゥスさんが代わりに言ってくれたが、男はケタケタと笑うだけだ。
ひとしきり笑った後、動かないトゥスさんを見て満足そうな顔を浮かべていた。
だが――すぐにその彼は声を上げる。
「おい! 動くな!!」
ナイフが首にあてられた。
それは分かったし、誰に対して動くなと言うのかも分かった。
虚ろな表情を浮かべる彼女はこっちへと向かって来ている。
そうか、そうだった……。
あの時も彼女が助けてくれようとした。
君は……そうなっても、俺を守ってくれようとしてるのか……。
「く……り、え……」
彼女の名前を呼ぶと、一瞬その瞳に意志が宿った様な気がした。
だが――すぐにそれは消え――。
「ああああああああああああ!!」
その場で悲鳴のような雄たけびを上げる。
彼女は俺を助けようとしても何をすればいいのか分からないみたいだ。
その虚ろな表情からは涙が流れていた。
すると、男は――。
「ククク……ハハハハハハハハハ!! これは傑作だ! 勇者が壊れている!! どうした? 何故、かかって来ない」
思いっきり笑った後、大げさな態度で挑発する男。
俺は当然怒りを覚えた。
だが、動けないのでは意味が無い。
意味が……いや……。
「来ないのならお前から殺してやろう」
にやにやと笑い、何かを思いついたよう表情を此方へと向ける男は……。
「良い事を思いついたぞ、この女を切り刻まれるのを見ながら子供になぶり殺しにされるというのはどうだ?」
そう言った男はへらへらと笑い、此方へと近づいて来た。
「だが殺すのは惜しい、その表情がそそられるからな。躾けて飼ってやる方が面白い……ただ、肌を切る位なら構わんだろう?」
何を言っているのか俺にはさっぱり理解できなかった。
だが、唯一分かることはこいつはまともではないという事だ。
そして、俺は――職種の所為で動けないという事。
「ほら、勇者よ見てみろ……大事な仲間が傷つくぞ?」
男はゆっくりと俺にナイフを近づける。
するとゴブリン達は動こうとしたクリエにしがみ付き――。
「あ!?」
クリエはどさりと倒れてしまった。
当然トゥスさんは動き、ゴブリンを倒そうとしたが……。
「動くな白エルフ! 動けば死ぬぞ? 二人共な」
「チッ!!」
彼女の事だどうせ殺すつもりだろう? と言いながら殴りかかると思っていた。
だが、彼女は俺をじっと見つめ、黙り込んでしまった。
どうにかしろ……。
そう言われているように感じ、俺は――迫るナイフを呆然と見つめる。
ここで終わるのか?
いや、それは駄目だ! どうにかしなくちゃいけない。
だが、この触手はほどけない。
相変わらず悲鳴が聞こえている……痛いんだろう、苦しいんだろう。
助けてほしいんだよな……助ける?
そうか! 助ける!! それしか方法が無い。
俺はそう思い、なんとか身体を動かすとナイフを手に取り触手へと指した。
当然魔物は暴れ始め――。
「が!?」
身体は余計に縛り付けられるが、今度は男の方にまで触手が伸びている。
「何!?」
予想外の事に男が驚き、反応できずにその触手に掴まってしまった。
俺はと言うと何度も何度も触手にナイフを突き立てた。
苦しいが仕方がない、そう……思って……。




