338 魔王の性癖
こいつがあの香を作ったのか……。
何のために? そんなのわかりきっている。
「勘違いするな、発情している方が良い。一番単純に興奮させることが出来る手だからだ」
「なに……?」
だが男は俺の考えが違うとでもいう様に突然そんな事を言い始めた。
「怒らせるのも良いが、時に暴れるので面倒だ……折角捕らえた素体に傷がつくのも駄目だ」
彼はそう言うと放心している女性へと目を向けた。
「だが、香には香で問題がある……」
彼女は手足を縛られている。
それだけじゃない、涎もだらだらと垂らし……。
「あー……あー……」
と、まるで喃語の様な声を出している。
「効きすぎるとああなってしまってな……」
彼は大げさにやれやれという態度を取り、俺の方へと目を向けた。
そして――。
「あれでは使い物にならん、そんな時お前達が来た訳だ」
にやりと笑う男。
彼は普通じゃない……。
「魔王の手下か?」
俺がそう問うと彼は大笑いをする。
「この私が?」
彼はそう言うと天井を大げさに仰ぎ見る。
彼の黒髪が揺れ、赤い目は怪しく光っている。
気がついてはいたが魔族だ。
「あの魔王は確かに強い……だが、馬鹿で愚かさ」
「………………」
その言葉にピクリと反応したのはファリスだった。
名を変え、その意志をも変えた彼女でもかつての主を馬鹿にされるのは抵抗があるのだろう。
だが、そんな事に気が付かない彼は――。
「奴は呪いを部下に与え、蔓延させている……そして自分は根城で女を抱え酒を飲み、肉を貪っている」
まぁ、そうだろうな……。
大方予想が出来た俺は黙っていた。
すると彼は……。
「乳房も尻も育ってない女のどこがいいものか……そこの人形の方がよっぽど良い身体をしているな……」
「「………………」」
その言葉に俺とファリスはぴしりと固まった。
それは嘗て俺が彼女の言葉に関して心の中で突っ込んだ事だ。
「ま、魔王……私だけ、って……」
わなわなと震える彼女を見て、恐らく他の子にも同じことを言っていると俺は思ってしまった。
そう、間違いない……。
「魔王ってやっぱりロリコンかよ……」
と言うか、利用をしていた訳じゃなくてファリスの事も本当に嫁にするつもりだったのかもしれない。
そう思うと……こっちに来てくれてよかったと思ってしまった。
何故ならこんな幼い子がそんな変態の手に染まらなかった方が重要だ。
あーでも……。
「キスまで、されたの……に……! 初めて……」
ぶつぶつと呟く声はカインやチェルには聞こえていないだろう。
だが、俺の横で呟いている所為で俺には聞こえてきた。
そして、彼女は全く笑っていない表情で……。
「ふふ、ふふふふ……ふふふふふ……」
「おわ!? ど、どうしたんだファリス!?」
突然笑い始めそれに対しカインが驚いた顔を浮かべている。
「魔王、殺す」
ただそれだけを呟いた彼女は壊れた様に笑い始めた。
ああ……そう、だよな? 怒って当然だよな?
可愛そうに、ファリスを助けたつもりだったが、完全には助けられなかったようだ。
そう思うと何だか悪い気がしてきた。
「ごめんな、ファリス……」
俺が小さな声で呟くとファリスはきょとんとし、今度はちゃんとした笑みを浮かべ……。
「キューラお姉ちゃんは優しい、だから……好き」
なんてことを言い始めた。
ああ、うん……なんだか俺は君が心配になって来たよ。
優しいから好きって変な奴について行かなければ良いが……。
「ファリス? 変な奴には着いて行くなよ?」
俺がそう言うとファリスはピクリと反応し、目の前の男へと目を向けた。
「変な奴……」
そこには今までの会話を聞いていたのか、それとも俺達の反応が予想外だったのか、はたまた予想通りだったのか固まっていた男が居た。
彼はファリスの呟きが耳に入ったのだろう。
「誰が変態だ! 私はただ実験をしているに過ぎない!」
「いや、十分変態だろう」
そうはっきり言うのはカインだ。
彼は呆れた声でそう言うとナイフを構えた。
だが、相手は動じるそぶりは見せない。
そして――。
「やれ、ガキ共」
『ケゲゲゲゲゲ!!』
彼の号令で集まったのはゴブリンもどき。
こいつらは――人間、それもただの子供だった。
そう思うだけで俺は戦う気がうせてしまった。
それはカインも同じだったのだろう。
「く……くそ!」
構えたナイフを降ろすことはしなかったが、飛び掛かっていく様子もない。
「クククク、不思議なもんだ。それは子供だったが、今はただの魔物。だというのに貴様らは……殺せないのか? ここに来るまでに殺していない訳じゃないだろう?」
確かにそうだ。
勝手な事だが、人間の子だったと捉えるかただの魔物として捉えるかで戦いやすさと言うのは違う。
さっきはただの突然変異や魔王が作った魔物としか考えてなかった。
だが、今は違う。
彼らは子供だ。
醜い姿に変えられてしまってはいるが子供だ。
戦いにくい……かわいそうだ……。
そんな感情が渦巻いた……だが、このままでは駄目だというのも分かっている。
「ファリス、カイン……クリエを……チェルを頼む!!」
俺はそう言うと一歩前へと出た。
香に対して女性は抵抗力が低い。
だが、それでも俺はまだ動けていた……これが元々男だったからかなのかは分からない。
重要なのは動けていたという事だけだ。
香が焚かれる前に倒さなきゃいけない。
だが、カインには子供は殺せない。
これ以上彼はあの魔物を傷つける事は出来ない、そう思ってしまった……。
「キュ、キューラ!? お前何をする気だ魔法は――」
俺は黙って頷き拳を構える。
魔王になると口にした以上……俺は生き残らなきゃいけない。
それに……俺の事を勇者と呼んでくれた人もいた。
そんな人が残した街の為にも死ぬわけにいかない……ここで止まっちゃいけない。
「精霊の業火よ!! 我が拳に宿りて焼き尽くせ!!」
詠唱を唱えると俺の腕には瞬く間に炎が燃え広がっていく……。
そして俺は残る仲間であるトゥスさんへと目を向ける。
「殺るのかい?」
「ああ、クリエを守るためだ……」
俺がそう言うと彼女は悪人染みた表情を浮かべ手斧を握り絞めた。
「良いね、良い面構えだ……じゃぁ、アタシは邪魔者を排除するとしますかね」
彼女はそう言うと襲い掛かって来たゴブリンもどきへと躊躇なく斧を振り抜いた。
雄たけびの様な悲鳴が上がり、俺は胸が締め付けられたが……。
それでも拳を解くのだけは止めた。
この子達に罪はないだろう、だが……魔物にされてしまってはもうこの子達の意志も何も無い。
俺に俺達に出来る事はたった一つだ……。
「今、そこから助けてやるからな……」
理不尽だが、これしかない。
彼らを殺し……まだ被害が少ない内に終わらせるだけだ。




