334 巣穴の先へ
「皆には暗いか……」
俺は中の様子を窺い、そう呟くとランタンに火をつけ、仲間達と共に洞窟の中に入る。
洞窟の中に入ると妙に甘ったるい匂いが充満していた。
「……変」
するとすぐにそう口にしたのはファリスだ。
「変? 変って何が変なんだ?」
確かに、あのゴブリン? は変だった。
ゴブリンなのに人を襲う所は勿論だが……。
見張りを立たせているのはともかく、仲間を助けるものが誰も居ないという事だ。
死んだらそれまで……そんな感じがした。
「ゴブリンは夜目が利かない」
ファリスはそう言うと自分と俺の目を交互に指してくる。
そう、ファリスの様な魔族は夜目が利く。
俺の場合は混血だから片目だけだが……本当ならランタンもいらない位だ。
それでも明かりをつけたのはさっき口にした通り、皆には暗くて何も見えないからだ。
「それで、何がおかしいんだ? 俺達だって見えないぞ?」
カインはそう口にしたが、分からないのか……。
「ファリスはだからおかしいって言ってるんだ」
俺がそう言うと彼は首を傾げる。
残る二人……トゥスさんは飽きれている様で何も言わず。
チェルは頭を抱えている。
「あのね、夜目が聞かないのにこの洞窟には灯を付けた後が無いの、だからおかしいの!」
抱えたまま、彼女がそう言うとようやくカインは納得していた。
だが、確かにおかしい。
夜目が利かないなら、何故灯を使った後が無い?
ロクタの様な突然変異種か?
あれは岩ではなく宝石を食わせるとそうなると聞いた。
なら最初から暗がりに居れば夜目が利くようになるっていうのは考えられる。
だが……。
「姿が違う、か……」
ゴブリンと同じ背丈、身体つきではある。
だが、ゴブリンとは違うより醜悪な顔。
毒への知識、性格というか習性。
そして……。
「ねぇ……なんか、甘い匂いしない? こう嗅いでるとくらっとするような」
「……する」
チェルとファリスはそんな会話をし、俺はトゥスさんとカインの方へと目を向ける。
するとトゥスさんは……。
「嫌な感じだね、集中できない」
どうやら彼女も感じているようだ。
俺も同じような匂いは先程から感じていた。
「そうか? 俺はなんも……」
だが、カインだけがそう思わないらしい。
何故だ? 引きずり込まれた時は無我夢中だったし、匂いなんて気にしている時間は無かった。
だが……。
「なんか、力が抜けるような……」
そこまで口にして、俺はふと気が付いた。
段々と体が熱くなってきているのだ。
「きゅぅ……らぁ……」
何だろうか? そんな事を考えているとクリエが急に抱き着いて来た。
い、一体どうした!?
そんな事を考えていると……。
「ク、クリエ? ひゃぁ!?」
その手を這いずりまわし……なんというか変な所に手を伸ばしてくる。
お蔭で変な声を出してしまったし、クリエはクリエではぁはぁと息を荒くしている。
いつもならこの変態が……で終わっていただろう。
だが、今回はゾクリとした悪寒も感じた。
クリエにではない……。
この匂いにだ……身体が敏感になっている。
恐らく……チェルやトゥスさん、ファリスもだろう。
特にチェルとファリスは目が潤んでいた。
トゥスさんは口元を覆い始め何とか耐えているようだが……。
これは恐らく……。
「チェ、チェル!? 風だ! 風を起こして匂いを飛ばしてくれ!!」
「んぅ……ぅ、ぅん」
彼女はやけに艶っぽい声で頷き、手を前へと出した。
「わ、我ら、へとその尊き愛を注ぐ神々よ……我が願いを告げ、る」
息も絶え絶えと言った感じで彼女は詠唱を始めるが……まずい……。
魔法とは集中力が影響する。
それは神聖、古代どちらも同じだ。
「我、風の精霊の力……求む……いま、ここにぃ!?」
詠唱を唱えている途中に彼女の膝がガクンと落ちた。
「ぁ……あ?」
集中が途切れた。
ガチガチと歯を鳴らし、彼女は俺の方へと目を向けると涙目で訴えてきた。
無理だ――と……。
「っ!! 引くぞ!! 外に出るんだ!!」
このままではまずい、幸いそんな深くは潜ってはいない。
そう思って俺は皆へと告げた。
だが……。
『ケゲッ!』
あの声が聞こえた。
「きゅーら、おねぇちゃ……なにか、もって……」
ファリスも限界なのだろう、ぺたんと座り込み、奥を睨む。
そうこうしている内に俺の方ももう……動ける余裕がなくなった。
奴らを舐めていた。
まさか、媚薬の香でこっちの戦力を奪ってくるとは思わなかった。
毒じゃないのだろう、だから効果が無かった。
奴らは確信していたに違いない……。
また来ると、その時は毒の対処もしてくると……。
その証拠に俺の目には奴らの中に濡れた武器を持つ者は居なかった。
「ぁ………ぁぁ?」
チェルはこう言ったものに弱いのか目の焦点は合わず。
座り込み、声すらあげれない様だ。
どうする? もう、逃げる事は出来ない。
相手の持つあの香をどうにか出来れば……っ!! いや、どうにかするしかない!




