33 酒場へ
キューラが囮になる事に反対した二人。
しかし、キューラは自身が囮になる事を撤回はせず。
対策として使えるであろう魔法を告げ、実際に使えるかを試す。
身体は痛みを訴えたが魔法は問題なく使え、緊急時の連絡手段は手に入れたのだが……?
トゥスさんとの再会、そしてその時に聞いたあの酒場に起きた事件。
あの話の後すぐに王に話を通そうとしたらクリエは女の子の方が大事だと言い。
先にこっちを解決することになった。
クリエらしいが……王との謁見も大事じゃないのか? いや、恐らく奇跡の事を言われるのが怖いのかもしれない、そう思うと強くは言えずなんだか情けないが……5日以内に足を運べとは言われたんだ、まだ時間はあるそう思いクリエの言葉に従った。
旅館の精霊石の方は俺達がトゥスの仕事を無償で手伝うとの条件の元、あの後にすぐ直してくてくた。
それから2日後、俺は荷物をまとめてトボトボと街の中を歩く――
「ねぇ! 君この前もこの通りであったよね? 運命を感じないか?」
人が必死に演じていると言うのにこいつらは変わりがないな……というか、こいつらは何処から湧いてくるのか疑問だ。
「落ち込んでるみたいだけど、俺が忘れさせてあげるよ」
……いや、うん……そんなドヤって顔で言われても俺は男だ。
何かが起きる訳が無い……しかし、いい加減しつこいな。
「――フロスト」
「ん? どうした? 何か言ったかい?」
俺が魔法を唱えると彼は笑みを浮かべたまま質問してくるが無視だ無視。
さっさと目的地に着かないとな……
「お、おいおい、何か言ってたろ――!? うわぁぁぁ!?」
俺が早足で去ろうとしたのに焦ったのか、盛大に転ぶ。
いや、正確にはさっき唱えた魔法でつま先と地面をくっつけてやっただけだ。
それによってうまく歩けなかったのだろう。
俺は振り返りつつ、転んでもなお笑みを浮かべている男の顔を見てみると――
「あ……」
こいつ、確かトゥスさんと出会った時のしつこい奴か……
「ようやく顔を――」
「いい加減しつこいと……次はどうなっても知らないぞ?」
俺はトゥスさんを参考にしつつ声を低くしたつもりだが……
「怒った顔もまた可愛いね!」
「…………」
こいつ……駄目だ俺の手には負えない。
そう判断し、俺はその場から逃げるように走る……当然――
「フロスト!」
男の足を地面へと縫い付けた後に――魔法はすぐに解けるだろうが、逃げるには十分だ。
「…………はぁ、はぁ……」
何とか酒場の前まで走ってきた俺は荒くなった息を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。
くそ、なんなんだよ……人が折角落ち込んだふりをしてたのに全くの無意味じゃないか!
と、とにかく、此処からは予定通りに行くことを願おう。
俺はもう一度深呼吸をすると酒場の扉を開ける。
「……し、しつれいします」
入った瞬間、店主は此方へと目を向けてすぐにその目を逸らす。
「いらっしゃい」
やはり、やる気のない出迎え方で彼は溜息をつき――
「なんのようだ?」
いやいや、ここに来るってのは多くは客だろうに……
「い、いえ……実はその、勇者と喧嘩をしまして……」
「それで?」
「その……雇っていただきたくもう一度足を運んだ訳で……」
あくまで申し訳なさそうに告げた俺はおずおずと相手の表情を窺う。
表情は……相変わらずか――
「別にいいが、お前あのスライムはどうした?」
「あ、ああ……ライムには喧嘩の時に愛想を尽かされてたみたいで……」
「使い魔が? まぁいい……」
店主は目の前の席に何やら飲み物を置く……座って飲めと言う事だろうか?
怪しまれるのだけは勘弁だ……ここは素直に従っておこう。
目の前の席へと腰を下ろした俺は飲み物へと口を近づけた後にすぐにカウンターに戻した。
「どうした?」
「い、いや……酒はまだ飲めないんだ」
そういうと店主は舌打ちをし、代わりにミルクを差し出して来た。
見るからに酒の飲める歳ではない俺に酒を出して来た事と言い、このミルクと言い……素直に飲んで良い物なのか?
「なんだ? 飲まないのか?」
「あ、い、いや……そのその前に! 故郷に戻るのに一人じゃ不安なんだ! 冒険者を雇うための金が欲しい……ここで働かせてもらえないかな?」
「……別に構わないが俺は折角出した飲み物を無駄にされるのが嫌いだ」
それはまぁ……それはそうだろう、仕方が無い。
俺はミルクへと口をつける。
味に変化はない……ただのミルクだ。
「お、美味しいです」
不機嫌そうに鼻を鳴らした店主に若干申し訳なく感じた時、不意にグラリと視界が揺れる。
「――っ!?」
マズイ!! そう思って俺は急いで水袋を開け中の物を煽る。
「おいおい、水なんかでそれは薄まらないぞ?」
薄れゆく意識の中で店主を睨む……だが、限界か……
俺は最後の抵抗と机の上に頭を叩きつけるも全く効果が無く、そのまま瞼を閉じる。
「最近は良い獲物が居なかったが、とんだ拾い物をしたもんだ」
やっぱり、飲み物を飲むべきじゃ……無かった……
そう思っていると途端に吐き気を覚え、同時に意識ははっきりとしていく……どうやら間に合ったのか?
「さて、と……」
動く気配がし、俺は慌てて小声で「そのままで」と呟きつつ倒れたふりを続ける。
後は――クリエ達に連絡だ。
こいつはやっぱり……
「もう数年は遊んで暮らせるな」
奴隷商……それも闇の商人と繋がりがある……てな。
そう考えている内に俺の身体が不意に浮き、その浮遊感に思わず声を上げそうになるのを堪える。
恐らく、監禁場所に連れて行くつもりなのだろう……
だが、問題は無い。後はあの魔法がちゃんと問題なく使えていればこの店にクリエ達が乗り込んでくるだろう……
店主は俺を抱えて歩き始める。
暫く歩いた所で階段を降りるのが分かり、どこかの部屋に入ったのだろう床に降ろされ首には何かがはめられる感覚を感じた。
それからすぐに扉が閉じる音がし、足音は遠ざかって行く……
「……っ」
瞼をゆっくりと持ち上げ辺りを見回してみるとそこは石壁に囲まれた部屋だった。
俺以外は誰も居ないみたいだ……
そう思いつつ口元を手で覆い――
「良いぞ……」
誰も居ない部屋に俺の声が響く……すると先ほどの吐き気が再び俺を襲い。
「げほっ……うえぇ……」
口の中から出てきたのはライムだ。
そう、水袋には水ではなくライムが入っていた……万が一薬を盛られた時に飲み込めばライムのどんな物でも真水に変えると言う力で薬を薄められると思ったからだ。
俺の予想は正しく、今回は助かった……とはいえ、まだくらくらとする。
それは仕方ないとして――
「あった……」
俺は此処に備えられていた水瓶の中へと近づき中を覗き込んだ。
何時でも監禁できるように備えていたのだろうか? 中には綺麗な水が張ってある。
だが、これにも薬が盛られてる可能性がある飲まない方が良いだろう、まぁ――俺の目的は違う訳だが――
「ライム、この中で体を洗っておけ」
流石にこのままではライムが可愛そうだ。
例え毒があろうがスライムであるライムには関係が無い、身体は綺麗になるしおまけに俺もその水を飲めるようになるのだから一石二鳥だ。
後は――この首輪? 奴隷の証という訳だろうか?
「…………フレイム!」
魔法を試してみるとやはり封じられている。
首輪を外そうにもどういう訳か取れそうにはない、武器は……いつの間にか盗られてしまったか……
さて、ここまで状況が揃ってて違うって事はまずないだろう……後は合図を待って、こっちも動くとしよう。




