329 被害を受けた村
村長の家は村の奥にあった。
ざっと見た所、この村は木の柵があるだけで、侵入はたやすいだろう。
ゴブリンは賢いからな。
登れないと分かれば壊すか、肩車して入るか……。
そもそも木だったら燃やすかもしれない。
かと言って石の柵を作るのは無理だ。
やっぱり……。
「やっぱり、ゴブリンを倒した方が早いか……」
依頼を出すにも見た所馬も居ない。
恐らく……。
「へぇ、馬も牛もゴブリン達に取られちまった」
「この様子じゃあの鳥小屋も……空っぽって所かい?」
トゥスさんの言葉に彼は頷く。
はぁ……参ったな……。
これじゃゴブリンに対抗するにも武器があるかどうか……。
「では、此処でお待ちを……」
そう言って男は村長の家へと入って行こうとする。
状況が状況だ。
そう思ったのだがふと不安があった。
そういえば、騒がれていない。
なんでだ? こっちには金髪で金色の瞳を持つ勇者が居る。
辺境の村人だって勇者がどんな人物か分かっているはずだ。
いや、気が付かれているかさっきからチラチラと見ているからな。
「いや待て!」
俺は慌てて彼を止める。
彼は目を丸めているが、すぐにその表情を引きつらせた。
「ですが、村長の家ですので……」
「いや、俺達が直接行く、何か問題があるのか?」
俺の言葉に彼は困った様子だが、関係ない。
「ゴブリン達の巣は意外に近い、こうしている間にも襲われるかもしれないぞ?」
俺がそう言うと彼は迷って見せる。
もう少しか……。
「巣穴が近くまで掘られているかもしれない、攫われた村娘は? 匿っている子は? 助ける必要がある」
「……そ、それは……」
彼はしどろもどろになっている。
そんな時だ後ろから声が聞こえたのは……。
「おい! この屑男が!!」
その言葉にびくりと身体を震わせたのは目の前の彼だ。
俺達が振り返ると痩せ細った中年ぐらいの男性が鍬を手に走ってきている。
「お前、オラの娘だけじゃなく、旅人まで慰みものにしようってか!! ぉお!?」
「ち、違う、俺は村のために……」
焦る男と怒り狂う男性は恐らく俺達の事は良く見えていないのだろう。
「何が村の為だ! 何が村長の息子だ! あの子はあの子は……優しい子なんだぞ!! それを……」
ああ、なるほどな……。
「た、助けるためには退治か代わりが必要です!」
迷っていた男は迫られて焦ってしまったのだろう、そう叫ぶ。
俺は溜息しか出なかった。
「だから俺達を代わりにするつもりだったか? その様子だとクリエの事も知ってるな?」
「――っ!?」
びくりと身体を震わせた男。
彼は恐る恐ると俺の方へと目を向けた。
「ああ、そうだ! 世界を闇に陥れる勇者の名を偽った大悪党! そいつをゴブリンに差し出して壊せばこの村はもっと支援が貰える! あの子も助けられる!」
くだらない……。
この村はそもそもスライムも近くに居る。
そんな危険な村に支援をする? 俺だったらしないな。
「こ、の屑が!! そんなもんろくに支援もしてくれない貴族が言っている事だろうに! オラの娘を返せ! 返せって言ってるんだ!!」
ああ、そして、この人の怒りは分かる。
仕方がない。
「落ち着け、おじさん……」
彼は俺の言葉を聞き眉を吊り上げたまま俺を睨む。
だが、何も言わない……。
「ゴブリンなら俺達がつぶす、貴方の娘も助ける……だから、武器になりそうなものを知らないか?」
村長の息子があれじゃその親も信用できない。
だから俺はこのおじさんに尋ねてみた。
「何を言ってるんだ! 馬鹿か!? あのゴブリンは娘っ子を攫って子を作る! 年頃の娘が巣穴に飛び込むなんぞ――」
「じゃぁ、助けに来ない貴族を頼るのか? 何時か来る冒険者を待つのか? その時まで娘が無事だとでも? 助けるなら今しかない」
俺がそう言うとおじさんは黙り込んでしまった。
自分の娘が攫われているのに人の心配をしてくれるなんていい人だ。
だが、同時にやはり娘は心配なのだろう。
「ついて来い」
と一言言うと歩き始める。
俺は仲間達に目を向け、黙って頷く……。
先程、彼にゴブリン退治の武器の話をしたら彼は無いとは言わなかった。
もしかしたら、頭に血が上っていて聞いていなかったというのも考えられるが……。
「武器はありそうだな」
カインはそう呟き、俺もまた「ああ」とだけ口にした。
俺はともかくカインや他の皆の武器が欲しい。
せめてカインの使える短剣か何かがあれば良い。
ゴブリン用の武器と言ってもそんなものでも良いんだ。
彼について行くと、一つの店が見えた。
質素なつくりの武具店だ。
どうやら彼は鍛冶師だったらしく、家の中には様々な武器が並んでいた。
だが……どれも質が悪い。
「武器ならある」
彼はそう言うが、これは酷い……。
「これなんて刃こぼれしてるじゃないかい」
「仕方がないだろう、都から支援が届かん以上純度が高い鉱石は使えん」
大きなため息をついたおじさんはじっと俺を見つめてきた。
どうしたのだろうか? と疑問に思っていると……。
「本当に良いのか? オラの娘はアンタぐらいだった……アンタも……」
襲われるかもしれない。
そう言っているのだろう……だが、俺は言った事を引っ込めるつもりはない。
「今叩くしかない」
俺はそう答えたのだった。




