326 目覚め
俺は一体どの位、倒れていたのだろうか……。
ぼやけた視界がだんだんと戻って来た。
しかし、身体は動かない。
だが、分かることがあるここは穴倉ではなく日の下の様だ。
どうやら俺は助かったみたいだ。
最後に見た光景……。
あれが誰だったのかは確信は出来ないがもしかして、クリエだったのだろうか?
もしそうだというのなら、彼女はあんなふうになってまで俺を助けてくれたのか。
「キューラを抱えて逃げるぞ! ここよりももっと見通しが良い場所に!」
カインの声が聞こえた。
逃げるという事は倒せなかったのだろう。
当然だ……彼の剣は長い。
長いといっても洞窟の中で使うには長すぎるというだけで一般的な大きさだ。
熟練した剣士であればそれでも問題はないだろう。
そう考えるとカインならどうにか出来そうなものだが、群れは怖い。
だからこそ逃げるという選択を取ったのだろうか?
俺はそんな事を考えると何か浮遊感を感じた。
どうやら抱きかかえられたようだ。
「あまり揺らしちゃ駄目だよ!?」
今度はチェルの声が聞こえた。
揺らすなとは俺の事だろうか?
まぁ、とにかく彼女も無事でよかった。
あとはトゥスさんとクリエ、ファリスの三人だが、恐らく彼女達は無事だろう。
二人も焦った様子はないし、クリエは近くに居たから少し心配だが、もし何かあればやはり二人が騒ぐはずだ。
「…………」
おれは彼らに連れられてるがままになり、その場から移動をする。
身体には力が入らない。
どうやら毒は体全体に回っているようだ。
どう言った毒なのか分からないが、呼吸が止まる事は無い。
だが、快適に呼吸が出来るかと言ったら違う。
息苦しいし、勝手に涙があふれてくるぐらいだ。
「ひゅー、ひゅー……」
もし、奴らに掴まったままだったら、恐らく俺は死んでいただろう。
何故そう思うか? そんなのは簡単な理由だった。
この呼吸じゃ絶対に無理だと分かる。
事実、今も苦しいわけだ。
「くそっ!!」
俺は近くで悪態を聞いた。
恐らくカインが口にしたのだろう。
「今はそれよりも奴らをどうするかだよ? まぁ、キューラなら倒すって言うだろうけどね」
「そうだね、このままじゃスクルドにも影響が出るかもしれないから」
トゥスさんとチェルの会話が聞こえ、恐らく俺を抱きかかえる少年は……。
「分ってる! だけどどうするんだ!! 狭い洞窟じゃ剣は使えない! 拳を使うキューラはこれだぞ!?」
彼はどうやら焦っているようだ。
逆光で良く見えないが……どうやら、俺を心配してくれているみたいだ。
多分俺が本当に女だったら惚れてるな。
そんな悠長なことを考えられるぐらいには回復したらしい。
だが、身体はまだ動かない。
「毒を盛られたんだろ!? 大丈夫なのか!?」
「大丈夫、薬は塗ったし……」
麻痺毒……普通に考えれば呼吸も止まりそうなものだが、ゴブリンにとってそれは不利益だ。
だから、彼らは抵抗力だけを奪う特殊な麻痺毒を使う。
命には別状はないが、巣穴から助かった人が自殺するなんて話は聞いた事がある。
そして、そのお腹に奴らの子供がいたという話もだ……。
つまり、俺は奴らに子作りのための道具にされそうになったわけで……。
「巣穴を放って置く訳にはいかないだろ!」
当然そうなれば他に被害も出るはずだ。
ゴブリンは恐ろしい魔物、貴族や王が討伐命令を出さない訳がない。
だが、討伐体が居ないという事はまだ知られていない巣である事は分かるだろう。
「だがどうするってんだい? アンタあんな狭い所で剣を使うのかい?」
カインはトゥスさんの言葉で黙ってしまった。
「ゴブリンの巣穴用の武器持ってない」
ファリスもまたそんな事を言っている。
事実、ゴブリンの巣は狭い。
何故狭いのか? それは彼らが賢いからともいえる。
人間の武器が存分に使えない様狭くしているのだ……。
だからこそ、ゴブリンにはゴブリン用の武具が存在する。
だが、そんなものは生憎持ち合わせ居ない。
盗賊ならナイフで戦う事は出来るが、俺達の中に盗賊はいない。
そんな時は魔法で戦うしかないのだが……魔法には才能が必要だ。
だからこそ、冒険者学校では体術は必須科目と言われていた。
武器が使えない状況は必ず来る。
それの代表となるのがゴブリンの巣だ。
「とにかく、村に行ってゴブリンが居た事を伝えるの、そうすれば国に伝えてくれるはずだよ!」
チェルは最もな意見を口にした。
それが名案だとも俺は思った。
何故なら……現状唯一ゴブリンと戦えるのが俺だけだからだ。
そして、その俺は今動けない。
下手に巣穴に潜っても殺されるか捕まるかの二択しかないからな。




