319 賢者
人が真面目に話しているのに何を笑っているんだ!
なんて事を言いたかったが、俺は黙っていた。
しかし、老人はひとしきり笑うと……。
「それは勇気、勇敢とは言わん、無謀と言うんじゃ、知っとるか?」
それは分かっている。
先程の戦いで実力の差がどれほどのものかも理解している。
だが、だからと言って何もしない訳にはいかないだろう。
今の俺はクリエの従者と言うだけじゃない、あの街の領主だ。
そして、あの街の人達はクリエを助けるために手を貸してくれた。
俺も助けるのが筋ってものだ。
「………………良い従者を持ったの」
「何か言ったか?」
爺さんは何かを口にしたようだが、小さな声で聞こえなかった。
俺は彼に尋ねるのだが、彼は小さく笑うだけで答えはしない。
一体なんだというのだろうか?
「警戒せんでもワシが行く理由は一つじゃ……愛弟子の事が心配になった。あの子は領主の事を好いておったからな」
彼はそう言うと杖を地に着け、ため息をつく。
「それにワシも年じゃ、これ以上戦いを続けては疲れてしまうからの」
「よく言うなこの爺さん……」
カインは引きつった顔でそう口にした。
事実、余裕そうだったし俺もそう思う……だが、もし勝てる見込みがあったとすれば体力の差だ。
問題は彼の体力が尽きるまで俺達が持つか? と言う事だが、まぁ無理だろうな……。
「やれやれ、だから男は好かん」
爺さんはそう言うと俺の方へと目を向けた。
「暫く厄介になると思うでの、よろしく頼むわい」
「へ? あ、ああ……」
アルセーガレンの賢者。
その人が俺達の味方と言うのなら嬉しいし、心強い。
だが、この爺さんは変態だ。
大丈夫だろうか?
なんて事を俺は考えつつも頷いた。
「じゃあの」
彼はそう言うと手を振って街の方へと向かっていく……。
「あ、逃げる! キューラちゃん!!」
「いや、待て待て待てチェル!? 敵わないから!?」
わなわなと震えていたチェルは敵意をむき出しにし追いかけようとしている。
俺は慌てて彼女を止めるのだった。
遠くからは大きな笑い声が聞こえ、すこし、いや、絶対に……お前自身のせいだからな? と思ってしまった。
あの爺さんは一体なんなのだろうか?
あれが本当にアルセーガレンの賢者?
いや、だとしたら、何故賢者の話を聞いた時トゥスさんは何も言わなかった。
「…………」
俺は彼女の方へと目を向ける。
すると彼女は大きなため息をつき答えてくれた。
「まさか賢者何て呼ばれてるとは知らなくてね」
「でも知り合いだったなら賢者と呼ばれていたんだ、少しは知っていても……」
「アタシがアルセーガレンに居た時にはただのスケベ爺だったよ、まぁ、確かに杖なんていう変な武器は持っていたけどね」
つまり今回も持っていたあの杖が彼の武器だと思い込んでいたのか……。
確かにそう見えてもおかしくない。
他に武器を使わなかったのは疑問だが……。
「とにかく心配ではあるが……」
レラ師匠を心配してと言うのは本当だろう。
俺はそう信じたいと思い、前を向く。
するとチェルが頬を膨らませているではないか……。
「あ、あの……チェル、さん?」
俺が彼女の名前を呼ぶと彼女は明後日の方へと向き。
「あのお爺さんは信用できないよ!」
「あ、ああ……うん、きっと大丈夫だって……」
多分。
俺はその言葉を飲み込んだ。
「さぁ、進もう!」
そしてそう言うと、歩き始める。
どっちにしろ俺達はスライムを手に入れたい。
あのまずい水が美味しい水になるならそれで良いんだ。
そうすれば、動物の水飲み場も減らず、俺達も美味しい水を飲むことが出来る。
「うまくスライムを捕まえられればいいんだが……」
思わずつぶやいた俺の言葉に反応し、トゥスさんは頷く。
「そうだね、さっさと終わらせて帰らないと……そっちのお嬢ちゃんが、ね……」
トゥスさんはチェルを見てそう呟いた。
そうだな……早く帰って何も無い事を確認しないとチェルが暴走しかけないな。
というか、この子はキレさせたらいけない。
そんな気がするのは俺だけなのだろうか? だって、ほら……上位の回復魔法まで使えるんだ。
他の魔法だっていくら神聖魔法だと言っても、おかしな威力を持っていそうだ。
「キューラちゃん? 今失礼なこと考えなかった?」
「い!? い、いいいいいいいいいいや!? 何も考えてませんよ!?」
思わず敬語が出てしまった俺に対し彼女は「へぇ~」っと明らかに笑うが瞳は全く笑っていない。
ああ、絶対に口にするのはやめて置こう。
うん……絶対に。




