318 正体
「…………」
老人はクリエを見ると急に止まり、杖を地に立てる。
「ふむ……」
彼女が勇者だと気が付いたのだろうか?
彼はクリエを舐めるように見つめ……。
「ええの……」
と呟いた。
もしかして、この状況でも俺を守ろうとしたことを褒めてるのだろうか?
なんて俺が考えていると……。
「ええ身体じゃ」
「――は?」
聞き逃すことが出来ない言葉を言い放った。
「こう! 上手そうな身体をしておる、特にその胸、揉みごたえがありそ――」
「キューラちゃん、この人倒そう、野放しにしたらいけない、絶対いけない」
すべてを言い終える前にチェルは珍しくも低い声でそう言った。
ああ、俺もそう思うと思う反面。
「いや……」
「いや、じゃないの、この変態だけは駄目、許したらいけない」
淡々と言い放つ彼女の言葉は怖い。
だが、いやと言ったのは拒否の言葉ではなく……。
「無理だろ、今だって俺達本気だったんだぞ!?」
相手が悪すぎる。
というか、変態で強すぎる爺ってかなり、面倒な相手だぞ!?
「それでも! 勇者なんでしょ!? 領主なんでしょ!? だったらあれを倒さないと! 魔王と同じだよ!」
「ま、魔王と同じ?」
彼女の言葉に反応したのはファリスだ。
普段なら殺すだのなんだのと呟くのは彼女の方だが、チェルの言葉に驚いているのだろう。
今日はあれ以上、怒る事無く冷静そうだ。
とはいえ、彼女の気持ちも分からない訳じゃない。
はっきり言って、この爺は危険だ。
何故か分からないが俺もそう思う。
なんて事を考えていると――。
「無理じゃよ、お主達じゃワシには敵わん、どうじゃいっそこの爺の女になり過ごしていくのは?」
「絶対に嫌!」
あらぁ……チェルさんが珍しくもカインに怒る時より大きな声を出していらっしゃる。
しかも、嫌悪感を隠すことなくむき出した。
「爺さん、そんぐらいにしておきな」
そんな中、冷静な声が聞こえた。
俺は先程戦いに参加しなかった女性トゥスへと目を向ける。
もしかして、知り合いなのか?
俺がそう思っていると老人は――。
「おお、トゥスか……相変わらず見てくれは綺麗じゃな」
「余計なお世辞だよ」
お世話じゃなくてお世辞なのか……。
彼女は大きなため息をつくと……こちらへと振り返った。
「この爺さんがアルセーガレンの賢者だよ」
「…………へぇ~そうか、この人が……」
あるせーがれんのけんじゃ。
…………。
「ちょっと待て、いや……レラ師匠から聞いていたが、え? 本当に? 賢者!?」
「ほっほっほ! そうじゃよ、お嬢ちゃん、賢者の爺ちゃんじゃ抱き着いても良いんだぞ?」
嫌なにナチュラルに変な事を口にしているんだこの爺は!?
「な、なんだってそんな爺さんがここに!?」
アルセーガレンとは離れている。
だからこそ、この爺さんがここに居る理由が分からない。
そう思っていると爺さんは笑みを浮かべ……。
「愛弟子が弟子を取ったと聞いてな、まだまだ未熟者のあ奴をもてあそ……揉んでやろうかと思ってな」
なんか不穏な言葉が聞こえたぞ。
俺は爺さんを睨むと彼は笑い声をあげる。
「しかし、お前さん達はまだまだじゃな、偽りの殺気に反応しおって……」
偽り? いや、殺気に偽りも本当も無いだろうに。
俺はそう思いながら彼へと尋ねる。
「そう思うならなぜ襲った」
「思うとは違うの、やった結果じゃ……じゃが、そんな事ではこの先いくら命があっても足りんな」
それは……そう思う。
確かに、この爺さんに今は殺気を感じない。
それに、トゥスさんが手を貸してくれなかったのも恐らくは本気ではないと知っていたからだ。
だとしたら、俺は……いや、俺達はこの爺さんに弄ばれていたという事だ。
賢者という異名を持つだけはあるんだろう。
この爺さんは年齢を感じさせない程強い。
「……のう」
そんな彼は急に落ち着いたかのような表情を浮かべ、俺へと目を向ける。
「あ奴はレラは平気かの?」
「え……?」
俺は彼の言葉が良く分からなかった。
だが、すぐに彼はそれを口にしてくれた。
「あ奴の想い人、奴は死んだのだろう? アレはあの男の為に強くなった。無茶をせんと良いのじゃが……」
ああ、そうか……。
この爺さんはノルンに頼まれてレラ師匠の師匠を引き受けたんだっけか?
もしかして、ノルンが死んだと聞き師匠が心配で来たって事なのか?
そうなると、意外に変態と言うだけの爺じゃない気がする。
俺は――。
「まだ整理はついていないと思う、それでも無茶をするような人ではないよ」
「そうか、それを聞いて安心したわい」
やっぱりいい人じゃないか……。
「あ奴はいい女じゃからな、色々と教えてやらんと」
前言撤回だ。




