312 暗殺者
「…………」
暗殺者は黙っている。
殺すつもりならもうすでに動いていておかしくはない、だというのに何もせずただ黙っている。
こちらの隙を窺っているのか?
俺は疑問を浮かべるが、すぐにそれは撤回した。
隙なら最初にあった。
こいつは勝手に部屋へと入ってきたんだ。
襲いたければすぐに襲えるはずだ。
そう思ったのだが……。
「お、おい!?」
俺は思わず焦って声をかけてしまった。
何故なら暗殺者はナイフをしまい込むと振り返って歩き始めたのだ。
俺の声に反応し、ピタリと動きを止めたそいつは徐に喋りはじめる。
「まだ、まだ我慢しよう、もっとうまそうになってから……喰ってやるよ。今日はその強気な顔で十分だ」
何処かで聞いたような声だったが、俺がまず思い浮かべたのは……。
こいつは変態だという事だ。
何故なら喋っている時、興奮しているのかずっとはぁはぁと言っている。
いや、マジで勘弁してくれ……。
俺はそう思いつつ、後ろへと下がる。
「ああ、良いなその表情も、そそる……だが、まだ襲わない、もっと、もっとだ……」
「な、なななな!?」
意味が分からないが、こいつは恐らく俺を女として見てる。
いや、今は女ではあるんだが、そうではなく女として見てる。
とにかく、気持ちが悪い。
そんで怖い……視線がねっとりしているのが分かる。
「…………」
男は俺をじっくりと見た後に去って行く……。
気配が完全に感じられなくなったところで、俺は膝が折れ腰が床へと落ちた。
「な、な……」
歯ががたがたと震え、身体も震え始めた。
余りの恐怖と嫌悪感に自分の身を抱くと……外からバタバタと言う音が聞こえ……。
「キューラ様!! ご無事……」
どうやら、兵士達が気が付いて来てくれたようだ。
何とか平静を保とうと顔を上げると彼は顔を真っ赤にし……。
俺の事を見つめている……顔ではなく座り込んでいる下の方だ。
「………………」
固まっていた。
その目は何故か先程の事を思い出させ……。
「ひっ!?」
俺は思わず小さな悲鳴を上げた。
すると彼らはハッとし――。
「て、敵襲! 敵襲だ!!」
と騒ぎ始めるのだった。
暫くして、俺の目の前でフリンとバルが兵士を叱っていた。
内容はこうだ。
俺の所へと駆けつけてくれた兵士達だが、彼らは屋敷の中のみ周りで眠っている兵を見つけ何かがあったと判断したそうだ。
だからこそ、真っ直ぐに俺の所へと向かって来てくれたらしい、
一方寝ていた兵士だが、彼らは何と……何かに襲われた訳でもなく、魔法や薬を盛られた訳でもなく眠かったから寝てしまったらしい。
その為、フリンに怒られていた処、偶々バルが通りかかり彼にも怒られているという事だ。
バルはそんなに立場が高くないが、彼はノルンの時から隊長に抜擢されていたらしい。
「全く、何を考えているんですか!」
「いや、でも……ここの所働きづめで……」
「休暇は出ているはずだ! そんな訳がない」
確かに四六時中彼らに守ってもっらっている訳ではない。
休暇はちゃんと出していたのだが、それでもこんな事になってしまったらしい。
俺は冷静さを取り戻した頭でそんな事を考えつつ……。
「クリエ、ファリス? その苦しいぞ」
「「……………………」」
駆けつけてくれたファリスとクリエに抱きつかれている。
クリエに抱きつかれるともしかして戻ったのでは? と一瞬思うがそうではなく、どうやらファリスの真似をしているように見える。
だが、そんな事はどうでもよく……。
「と、とにかく警護はしっかりとしてくれないか? 幾ら戦えると言っても寝込みを襲われたりしたら終わりだ」
俺が慌ててそう言うと彼らは顔を赤くした。
ん? 俺何か変な事を言っただろうか……?
「寝込み……」
「襲う……」
おい、こいつら絶対変なこと考えてるよな?
「………………消す」
そして、それはファリスにも分かったのだろう、沈黙の後にそう言うと俺から離れ鎌を手にする。
「あ、ああ、いや! そ、そうですね! 警護はしっかりといたします!」
すると慌てた兵士はそう言い、その場はそれで治まった。
というか、ファリス……。
お前、消すって……うん、やっぱこの子は怖いな。
仲間で良かったよ……まだ敵だったら、きっと今度こそは殺されていたのかもしれない。
「はぁ……全く」
兵達が去った後、フリンは大きなため息をつく。
「申し訳ございませんキューラ様」
「いや、俺も油断していた」
そうだ、今回は彼らのだけのせいではない。
俺も油断していた事から始まった。
立場が立場なんだ、自分の命は大切にしなきゃいけない。
クリエの為にも、な……。




