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306 騎士として

 結婚の申し出が掛かれた羊皮紙をびりびりと破いて行ったクリエ。

 その表情は無表情だ。

 だが、多分怒っているのだろう。

 彼女はびりびりに破いた羊皮紙を捨て……こちらを見ている。


「ク、クリエ?」


 無表情のまま見つめられると怖いものがあるのだが……。

 何故か、俺の頭には……「キューラちゃんは私のです! 誰にもあげません!」なんてことを言っている彼女の姿が思い浮かんだ。

 いや、きっとそう言っている。


 そう思いながら彼女の元へと近づくと……。

 じっと見つめられ、俺は彼女の頭を撫でてやる。


「大丈夫だ、俺は此処に居るしクリエを裏切らない」


 そう言うと、彼女の表情が少し和らいだ気がした。

 あくまで気がしただけだ。

 本当に表情が変わった訳ではない。

 それでも……そんな気がした。


「キューラお姉ちゃん! はやく、次の……」

「ってそうだった!? さっさと終わらせてレラ師匠の所に行かないと!!」


 俺はファリスの声を聞き慌てて机へと戻る。

 そして、作業をこなし……。






 お昼から少し経った頃、急ぎ足で指定されている場所まで走った。

 食事を取っている暇はない、そう思ったのだが、身体は資本だ。

 何かあってからでは遅いと無理矢理詰め込んできた。

 一緒に走るのはファリス、そして心配だから連れてきたクリエだ。

 目的地である修練場に辿り着くとレラ師匠は木箱に腰を掛け待っていた。


「遅かったな、仕事が忙しいのは分かるが……それでも、約束は守るべきだぞ」

「す、すみません!」


 俺は彼女に対し頭を下げる。

 本当は手紙を受け取ったのがつい先ほどだったと言いたかったが、言い訳になってしまう。

 だからそれは敢えて言わずに黙っていた。


「良いか? 君は領主だ……私は奴隷兵、立場は違うのは分かっている……だが……」

「……それなんですが、レラ師匠」


 俺はふと彼女に頼みたい事があると思い浮かんだ。

 確かに彼女は奴隷兵だ。

 それは分かっている、だが、ノルンが居ない今彼女を縛る物は無い。

 彼女自身奴隷である事を自覚しているから領主からは降りたし、それは嘗ての主人との身分の差があるし納得できる。

 だが、今は違う。


「貴女を正式に雇いたい、奴隷じゃなく正規の騎士として……」

「……時間と言うのは………………は?」


 お説教が始まってはいたが気にせずに告げると彼女は目が点になり、口を少し開けている。

 所謂、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった……なるほど、こういう時の事を言うのか……。


「な、何を言っている!?」

「だから、騎士として雇いたい、と言ってもこの街にお金がある訳じゃない、まだ給料のめども立っていないけど……」


 彼女がこの街に留まる事は変わらないだろう、彼女が騎士を続けるのも変わらない。

 だが、立場が奴隷ではなく正規の騎士として……。

 彼女の力が欲しい……。


「私は奴隷だ」

「違う、もうノルンは居ない……貴女を縛る者も居ないし物は無い……だから、守ってほしいんだ正規の騎士としてノルンが守りたかったこの街を」

「………………」


 彼女はノルンの名を出すと黙り込んでしまった。

 当然だ、まだ立ち直っていないだろう……だけど、彼は望んでいたはずだ。

 彼女が奴隷ではなく対等な立場でいる事を……。

 今となっては妻にはなれないだろう、だけど……せめて奴隷からは解放したい。

 ノルンもきっと望んでくれるはずだからな。

 俺がそう思っているとふと袖を引っ張られた。

 ファリスか? そう思って振り返るとクリエがそこに居た。

 ただじっと、でも……何となく優しい顔に見えた。


「と、とにかく今はそんな事より……」


 振り返ると、レラ師匠は話を変えようとしていた。

 彼女がすぐに頷かないのは分かっていた。

 だから俺は……。


「分ってる返事はすぐじゃなくてもいい、だけど考えておいてくれ俺は真剣だ」


 彼女は黙ってはいたが、その瞳は迷いが無かった。

 恐らくは気持ちの整理を付けたいのだろう。

 

「それじゃ修業をお願いします」


 頭を下げ、彼女に頼み込む。

 彼女は目を伏せ……呼吸を整えると俺の方へと目を向けた。


「まったく、話を聞いてくれないところはノルンそっくりだな……それじゃ始めよう……これ以上の時間は惜しい」

「はい!」


 俺は彼女の言葉に返事をした。

 彼女の得意分野は剣だが、わざわざ俺に合わせて体術を教えてくれるんだ。


「とは言っても基礎は終わっている……」

「終わっている?」


 基礎は大事だ。

 忘れちゃいけない……それは十分わかっている。


「良いんですか?」


 だからこそ俺は彼女に尋ねた。

 すると彼女は頷く……。


「忘れてはいけない事だ、だが……君は基礎を大事にするだろう? 別の修業をすべきだ」


 そう言って取り出したのは一枚の羊皮紙。


「良いか? 拳は剣の様に物を切る事は出来ない、達人の領域に行けば話は別だが、鎚の様に岩を砕く事も出来ない」

「は、はい……それは分かっています」


 だからこそこの世界での体術はあくまで武器が手元に無い時の手段だ。

 それを主に使って戦う人など物好きぐらいだ。


「だが、武器を持っていないが故、自由が利く己の体そのものが武器だ」

「はい!」

「そして君にはただの体術で済ませなくて済む手段がある」


 魔拳の事か……。

 そうか、彼女は一応あの場に居た。

 あんな事はあったが、見ていてもおかしくはない。


「なら基本を学ぶより、新たに技を開発した方が良い」

「……はい! ってはい?」

「どういうこと?」


 俺は思わず聞き返し、大人しくしていたファリスも思わず訪ねている。

 するとレラ師匠は言いにくそうな表情を浮かべ……。


「体術はあくまで武器が無い時の手段、戦い方がまるで白紙なんだ。確かに多少の技はある。だが……」

「ああ……」


 彼女の言葉を聞き俺はがっくりと項垂れる。

 そうか、そうだよな……そういえば、体術を習っていてもなんとかの型なんて言う言葉は一切聞かなかった。

 おかしいとは思ったが、魔物相手に素手で挑むなんてよく考えなくても馬鹿の極みだ。


「そう、ですよね……はは、は……」


 俺は引きつった笑みを作り、笑うしかないのだった。

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[一言] 壁殴りして拳を鍛えなきゃ( ˘ω˘ )
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