297 英雄じゃない
日もすっかり暮れた頃、街に辿り着いた俺達は門兵へと事情を話す。
すると彼らは驚いた顔をした後すぐにその顔を悲しみの物へと変えた。
今はなるべく街の人には黙っていてほしい、そう言いたかったが……。
ノルンは貴族でこの街を治めていたんだ。
そうはいかない……。
すぐに伝えてもらうように頼むと兵士たちは夜の街を走っていく……。
街の中を歩く俺達の周りにはすでに情報を聞いた人達が集まっていた。
何も出来なかったのか! なんて罵声が飛び交うかと思ったが、それよりもショックの方が大きいのだろう。
泣き崩れる者とかはいたが、ほとんどの人が事態を信じられないようで黙り込んでいた。
レラ師匠もその一人だ。
だが、彼女はふらふらとし……心ここにあらずと言った所だった。
強力な魔物に襲われていたら危なかったかもしれない。
幸い、今回は襲われるなんて事は無かったが、これからどうなる事か分からない。
魔物に襲われないとしてもショックのあまり後を追うなんて事は十分に考えられるんだからな。
「…………キューラお姉ちゃん」
ファリスは疲れたのだろうクリエと手を繋いでいない方の袖を引っ張って来た。
彼女もまたふらついて危なっかしい。
「ごめんな、ファリス……もう少しで休めるから」
ここまでほぼ強行したと言っても良い、なるべく早くノルンをこの地に連れて着たかった。
俺のわがままに付き合ってくれた仲間達には感謝だ。
「……うん」
ファリスはそれ以上、何も言う事無く頷くと俺の手を握って来た。
疲れているからだろうか?
そんな事を考えていると……。
「大丈夫、キューラお姉ちゃんは頑張ったから……」
と彼女は言う。
そうか、俺はもしかして気を張り過ぎていたのだろうか?
小さなファリスに気を使わせてしまった。
そう反省しながらも俺は……。
俺達はノルンの屋敷へと向かった。
列はどんどんと長くなり、街の人達は俺達に続く……。
屋敷の前に辿り着くと彼らは立ち止まった。
誰もが泣いていた……ノルンはこの街に居なくてはならない存在だった。
なのに……俺達は彼を守ってやることは出来なかった。
彼は俺達の為に死んだと言ってもいいのに……。
「…………布を解け、此処で弔ってやるんだ」
俺は兵士にそう告げる。
街の人に囲まれたこの状況で彼を弔った方が良いと思ったからだ。
彼の死体が露わになると悲鳴や泣き声が聞こえてきた。
俺は――そんな中、声を出す。
「彼は! 彼は――人の命の為に何をすべきか分かっている人だった。だからこそ、一緒に弔ってほしい」
彼が守りたかったもの……それに囲まれたここで……。
チェルが死体の前へと膝をつく。
そして――祈りをささげた。
「父、ガゼウルよ。我が友は汝の試練を乗り越え、汝の元へと召還する。彼に祝福を……」
神大陸では死者は神であるガゼウルの元へと戻るとされている。
だから、正式な葬式ではこのような言葉を紡ぐらしいが……初めて聞いた。
彼女は俺の方へと目を向けて来た。
俺は黙って頷き、手を真っ直ぐ伸ばす。
「フレイム」
ただそれだけを呟くと彼の死体は燃えていく……。
土葬してやってもいいんだが、まずは燃やす。
この世界に未練が残らない様……彼を丁寧に弔ってやらなければならないからだ。
勿論、変な臭いがした……だが、それでも街の人々は泣き崩れるだけだった。
隣に居たクリエは彼の事を知らないのに顔を手で覆い泣いている。
だが、声は上げない……。
彼女はその声を失ってしまったのだから。
思えばずっとクリエに励まされてきた気がする。
彼女が居たから出来たことは多い。
彼女の為だ……そう思ってがむしゃらに進んできた。
だからだろうか? それとも……俺が彼女を好きになったからだろうか?
声を、仲間を奪った奴らに対して煮えくり返りそうなほどの怒りを感じた。
それでも俺は復讐に捕らわれてはいけない。
それはクリエの為じゃない。
ただの自己満足でしかない……クリエを守りたいなら……。
「……聞いてくれ皆!」
そうだ、彼女を守りたいなら……。
「彼はノルンは一人の人を守る為に死んだ! そして、今この神大陸は……いや、この世界は魔王の爪が迫っている」
俺がやるべきことは一つ。
「貴族たちは怯え、たった一人に世界を任せようとした! だが、考えてくれ……一人では限界がある、だけどノルンは結束することによって一人を守ることが出来た!」
そうだ、俺は――。
「だから、俺も俺達も力を合わせて魔王を倒す。だけど、その前に貴族が邪魔をしてくるだろう……力を貸してくれ、俺達が魔王を倒すために!」
あくまで最初から俺の目的は変わらないんだ。
クリエの代わりに俺達が魔王を倒す。
勇者なんて肩書……そんなものはいらない。
俺は……ただ一人を守りたいだけなんだ。
だからこそ、勇者でも英雄でもない俺には多くの仲間が必要なんだ……。




