296 失ったモノ
敵が居なくなったことを確認した俺はクリエの元へと近づいた。
すると彼女は怯えた表情を浮かべ俺から逃げようとした。
…………当然だ。
彼女は心優しい人だ。
なのに彼女の従者である俺が人を何のためらい無く傷つけたのだから、恐ろしいと感じたのだろう。
だけど……それでも……俺はこの人を助けたい。
「クリエ……俺は君を守る。だけど人殺しにはならない……誓うよ、だから……今は此処から逃げよう、キミを守る為に犠牲になった人の為にも、君が助からないと駄目なんだ」
最初は俺一人だった。
彼女を守らなければと思っていたのは俺一人だった……。
でもすぐに仲間が出来たカインにチェル、トゥスさん。
それにクリードの王もそうだ。
今回も……沢山の仲間が出来たんだ。
だけど、そんな仲間だったノルンは死んでしまった。
俺達を狙った銃を受け、死んでしまったんだ。
「……君が嫌がっても俺は連れて行く、絶対に守ってみせる」
そう言って彼女の手を強引に取った俺は後方に控えていた兵達に向けて声をあげた。
「勇気ある貴族、誇りを持ったノルンはもう居ない! だが、その遺体はそこに居る……街に連れて帰ろう、彼が守りたかった場所に人々が居る所で弔ってやるんだ」
彼はこんな所で別れてはいけない。
例えアンデッドになってもあの街の土に埋めてやりたい。
そんな俺のわがままだった。
だが……。
「ぬ、布を持ってこい! ノルン様の遺体にこれ以上、傷をつけないようにするんだ!!」
彼の兵はすぐに動いてくれた。
ただ一人を除いて……。
彼女は遺体の手を取り、ただただ涙を流している。
「レラ師匠……」
俺が彼女の名前を呼ぶとゆっくりとその口を開き始めた。
「優しかったんだ……」
知っている。
彼女がノルンの事を嬉しそうに話すのは何度も聞いた。
「私を救ってくれたんだ……」
それも聞いた。
俺はただ黙って彼女の言葉を聞く……。
「愛して……いたんだ……身分が違えど、それでも……」
「きっと、いや絶対ノルンも師匠の事を愛してたと思うよ、じゃなきゃ幼馴染と言うだけで必死に守ろうとしない」
彼女は黙り込みうんうんと頷く、気が付いていたんだろう。
「本当に、何で一度も口にしてくれなかったんだ……」
後悔……それが彼女の中にずっと残るのだろう。
「なんで、私も言わなかったんだ……」
だが、ここで立ち止まっている訳にはいかない。
俺はノルンの指輪を取った。
宝石が入っている訳ではない……ただ、高価な物であるのは分かった。
それを紐に通して、レラ師匠に渡す。
「これは?」
「分からない、でも……ノルンならそうしてくれって言いそうな気がするんだよ」
あてずっぽうだ……なんの確証も無い。
だけど、そう口にした俺は布に包まれるノルンを見つめながら心の中で囁いた。
きっと遺品は処理されるんだろうけどこれ位なら良いよな? ノルン……。
そんな事を考えているとノルンは布に包まれて既に兵士に抱えられている。
「準備、終わりました!」
そう叫ぶ彼らは俺の指示待ちの様だ。
「行くぞ!」
それだけを告げ、俺はクリエの手を握り歩き始める。
目的地はノルンの街。
そこで彼の死体を丁寧に弔ってやらなければ……。
レラ師匠はふらふらと立ちあがり、ついて来ている。
体力は十分だろう、だけど……精神的なダメージが大きすぎる。
いつの間にか起きていたファリスも気を使ったのかその背から降りた位だ。
「…………」
カインもチェルも彼が死ぬとは思っていなかったのだろう、重苦しい空気が流れている。
くそ……こんなはずじゃなかったのに。
「後悔してるのかい?」
トゥスさんはそんな事を言って来た。
俺は首を縦には振れない。
後悔しているのか? それがクリエを助けた事に対してというのは分かっている。
だから俺は首を縦に振れないんだ。
「それは違う」
悔やんでいない訳じゃない。
もう少しやりようがあったのかもしれない。
それでも、それでも……今は最善を尽くしていたはずだ。
だが、クリエを助けられたとかは言えない。
彼女を助けるためならなんでもする。
そう言っていた時期もあった……。
とは言え、それが彼女の負担になってしまうかもしれないなんて事は考えなかった。
だから……。
「……そうかい」
俺の言葉が続かない事に溜息をついたトゥスさんはそれ以上何も言わなくなった。
「キューラちゃん……あの……」
イリスは何か言いたげな表情だった。
恐る恐ると言った感じだが……おそらくは気を使ってくれようとしてるんだろう。
「イリス、助かったよ、町に行ったら君も休むんだ……」
だから、俺はそう告げた。
彼女もまた犠牲者なんだ……これ以上傷つく必要はない。




