表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
305/490

292 逃走

 奴隷兵に次々と捉えられていく貴族。

 所詮は前線で戦う者ではなくお飾りだ……。

 その実力は確かな物だとしても、実戦で発揮される事は無かった。


 何とか縄に縛り付け、俺達は向こう側からくる軍に気が付いた。

 奴隷兵達は雄たけびを上げ剣を掲げる。

 だが、俺は先頭に立ちこちら側へと来る者達を確認し手を真っ直ぐ上げた。


「剣を収めろ!! あれは仲間だ!!」


 ノルン達だ……先頭に立つ貴族ノルンは血塗れで剣には血糊がべっとりと付いている。

 鎧は壊れてはいるが、しっかりと歩いているのと顔色が悪くないという事は彼には大した傷が無いのだろう。

 それよりも気になったのは兵だ。

 何人かの兵は隣の者に肩を狩り、歩いている。

 レラ師匠も誰かを支えている……それには見覚えがあった。

 勇者ルイスだ。


「キューラ殿……無事か!」


 俺へと近づく彼は真っ先に心配をしてくれた。


「ああ、俺達はそれよりもルイスはどうした!?」


 彼へと目を向けるとレラ師匠は地面へと横たわらせた。

 息もか細く、生きているのもやっとの男がそこには居た。


「毒だ……毒を塗られていた……勇者を殺すために確実にと……」

「――っ!! チェル、早く治療を!!」


 幾ら屑だと言っても彼は協力者だ。

 それにこの傷、ただ単に毒を受けただけで出来る物じゃない。

 切り傷だ何度も何度も斬られている……その切り傷のいくつかには変色が見られている。

 これが毒……何て卑怯な連中だ。

 俺は奥歯を噛みしめ、捕らえた貴族を睨んだ。

 先行の奴らに倒せなかった時の対処か? それともこいつらも持っていたのか……分からないが、最低だ。


「だ、駄目だよ……これだけ酷いともう……」


 チェルは傷を確認すると悲痛な表情を浮かべてそう口にした。

 幾ら優秀なチェルと言えど治療が出来ない?

 神聖魔法には毒の治療も出来る物があったはずだ……。


「――かはっ!? か………!? ――――」


 俺は呆然としていると彼は血を吐き出した。

 その色は赤くはなく、どす黒く、紫色にも見えた。

 血を吐いた彼は力なくぐったりとし、その表情は苦悶で固まっている……。


「彼は……彼は……最後の最後は立派勇者だった、奴隷兵への扱いが許せなかったらしくてな……その傷は一人の奴隷の為に受けたものだ」


 そうだったのか……いや、考えてみれば当然か。

 勇者は勇者で待遇が良いと思われているだろうが、実態には世界の奴隷だ。

 死ねと言われれば奇跡を起こし死ななければならない。

 その時まで自由に生きていられるとはいえ、勇者である事を求められる。

 自由と言いつつ自由なんかない、だから奴隷みたいなものだ。

 ……なら彼が奴隷の扱いに対し怒っても何ら不思議ではない。

 だが、それなら尚更……。


「キューラお姉ちゃん? もう……」


 ファリスは俺の方へと目を向け何かを言いかけた。

 何か方法があるはずだと俺は鞄の中にある本へと目を通す。

 魔法陣の本だ……彼を助ける方法、それが何かないか?

 このまま見捨てるのは簡単だ……だけど、彼との約束を果たせずにクリエは助けられるのか?

 そんな事……出来る訳が無い。


「――あった!! これだ!!」


 本に描かれていたのは薬や他者の魔法を強化する魔法陣。

 しかも、どんな魔法でも強化できると来てる。

 これなら解毒と治療の魔法の強化が出来る!! 俺は早速本を見つつ魔法陣を描いて行く……。


「キューラちゃん……」

「おい、キューラ早く逃げないと!!」


 チェルとカインにそう言われたが構っていられるわけがない。

 俺は黙々と魔法陣を描き続けた。


「キューラ!!」


 トゥスさんが叫ぶ、足音も聞こえてきた……。


「いい加減にしな!!」


 彼女は俺の腕を取り……怒鳴った。


「まだ助ける方法があるんだ!!」


 そう叫ぶ俺を無理やり、ルイスの方へと向けさせる。


「見な!! もう死んでるんだ……死んだ人間を弔ってやる以外、どうやって助けるんてんだい!?」

「……あ」


 俺は俺は……あえて見ないようにしていた。

 皆は気が付いていた……いや、俺だって分かっていた。

 だけど、だけど……こんなのって無いだろ?

 確かにこいつも悪人だ。

 だけど、それでもその理由は分かるし、こいつなりに手だって貸してくれた。

 もしかしたら改心していたのかもしれない。

 だってのに……。

 用済みになったら、例え勇者と讃えていた人も殺せるこの世界はおかしい。

 そして、俺はそれを助けられなかった。


「君の所為ではない、我々も何も出来なかった」


 がっくりと項垂れる俺にそういうのはノルンだ。

 彼はそう言うと、振り返り……。


「これより、我々は撤退する! 勇者殿達を連れ、守るのだ!! 旗を掲げろ!! 良いな!」


 その声を聞くなり、彼の兵からは雄たけびが上がった。

 だが、俺は……ルイスの死体へと目を向け、悔やむばかりだ。

 もしかしたらクリエがこうなるかもしれない。

 そう思うと助けられなかった自分が許せなかった。


「キューラ早く焼いてやりな……」


 トゥスさんはそう言って、俺の肩を叩く……。

 俺は、何も答える事は出来ずに……ただ一言。


「…………フレイム」


 小さな声で魔法を唱えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ