269 転機?
剣術は諦めろ……その言葉にキューラは首を縦に振った。
代わりに体術を学び、その分訓練の時間は増えていた。
しかし、そう簡単に修行の成果は出ないようで……。
あれからさらに数日……俺の修業は続いた。
ファリスは俺の様子を見に来てくれているみたいだが……カインはあまり姿を見せない。
それもそうだろう、彼は彼でやる事があるし、俺に構っている暇なんてないだろう。
初日だけでも心配してきてくれたのがありがたい。
そう思っていると兵士の一人が俺達を呼びに来たようだった。
「キューラ様!!」
その様付けで呼ばれるのは慣れないんだが……。
どう言っても取っ払ってはくれないし、彼らはずっとそう呼ぶつもりらしい。
「何だ、修行中に……君達は伝令ぐらい落ち着いて報告できないのか?」
そんな彼らに対し、忠告するのはレラ師匠だ。
そう言えば俺も彼女が嫌がろうが師匠と呼ぶのをやめなかったし、考えてみればお互い様か。
「い、いえ! 早くお耳に入れたいと思いまして!!」
彼は焦った様に敬礼をしつつ、そう口にした。
早くお耳に入れたいと言うと……。
良い報告だろうか?
いや、悪いって方も頷ける……早く報告を入れて対処をさせたいという意味にも使えるよな?
そんな事を考えていると彼は俺の方へと視線を向けてきた。
「どんな内容だ?」
俺が訪ねると彼は頷き……。
「は、はい! 実は――お仲間の一人が見つかったのです」
「――!」
俺はその報告を聞くなり前者であった事にホッとした。
しかし……。
「ですが、その……」
その兵はすぐに言葉を詰まらせた。
嫌な予感がする……。
「なんだ?」
悪魔で優しく尋ねる。
しかし、彼は報告を迷っている……おいおい、兵士なんだぞ?
そんな風に注意をしようと息を吸い始めた頃。
「キミは兵だろう! どんな報告でも必要とあらばするのが仕事だろう!? 有事があるのならその一瞬の迷いで事が悪い方に進むと考えないのか!!」
レラ師匠の叱咤が飛んだ。
すると兵はびくりとし、その背筋を伸ばした。
「現在、キューラ様の仲間と思われる女性がいる孤児院に向けて盗賊達が向かっているという事を報告に受けています。我々で撃退できればいいのですが何分人数が少なく!」
ああ、つまり良い方と悪い方……両方来たって事か……。
それにしても俺の仲間と思われる女性か……誰の事やら、クリエはライム達と一緒みたいだしな。
トゥスさん? いや、彼女が孤児院に居るのは何かしっくりこないというかなんというか……。
だとしたらチェルか? それなら……分かる気がする。
「分かったすぐに出発する。ファリス、準備は出来てるな?」
こういった事があると思っていた俺はあらかじめファリスには準備を怠らないように告げていた。
「大丈夫……」
頷く少女に微笑んだ俺はすぐにその兵士へと伝える。
「カインにも伝令を頼む……それとその盗賊は何人だ? 場合によっては兵を少し借りたい」
「は、はい! 盗賊と言っても少数です。数は大体7人ぐらい、多くても10人だと報告を受けています!」
7人……多くて10人か……。
「そうか、ならある程度腕の立つ奴を2~3人頼む、出来ればノルンの家紋が刻まれた旗なんかあれば完璧だ」
実際に戦う事が目的と言う訳じゃない。
だが、冒険者が助けに来たでは意味が無いだろう。
「は、旗……ですか?」
俺の言葉を繰り返す兵と納得したかのようなレラ師匠。
「なるほど……もし逃げられた時の対策か……」
「は? はぁ……」
納得していない様子の兵は気のない返事をした。
だが、簡単な話だ。
孤児院と言うからには子供が沢山いる。
そして、そう言った孤児院は今回の様に盗賊なんかに狙われる。
理由は子供だ。
子供を闇奴隷に流し、金儲けしようとしているのだろう。
人数的にも恐らく旨味があるはずだ。
だから盗賊たちを何人か捕まえたとしても、一人にでも逃げられてしまえば、また数を増やし手を出そうとするかもしれない。
ただでさえ子供達に何かあったら気分が悪いのに、もし本当にチェルがそこに居るのなら……。
彼女を助けてくれた孤児院を見捨てるつもりは毛頭ない。
なら、今後の手を打っておく……。
「つまりだ、その孤児院はノルンの兵によって守られてるって錯覚をさせる。君達はあくまで俺達の護衛だ旗を抱えるのも護衛が誰であるか示すためだ」
流石に軍隊を動かす訳にはいかないが、盗賊位だったら数人でも街の貴族に守られてると知れば手を出しづらいだろう。
彼らは特殊な繋がりもあるし、その噂は広がるはずだ。
実際に盗賊と戦うのは俺達だとしても……な。
「わ、分かりました! ではカイン様、ノルン様にもそのように伝えさせていただきます」
彼はそう言うと礼をし、身を翻すと走って去って行く。
さて、俺達は俺達で準備をしてあるから荷物を取りに行くだけで大丈夫だろう。
「キューラ」
「ん? なんだ……レラ師匠」
俺は彼女に名前を呼ばれ振り返る。
すると彼女は心配そうな顔を浮かべていた。
「良いかい? キミはまだ未完成だ……決して体術で戦ってはいけないよ? キミとファリスのその容姿では売り物ではなく慰み者にされてしまう可能性がある」
「あ、ああ……」
そんな同人展開はごめんだな。
だが、チェルが居てくれるなら魔拳は使えるかもしれない。
そう思ってはいたが、すぐにチェルの怒る姿が思い浮かび……。
「分かった」
気が付いたら俺は即答していた。




