266 師を得るために
ファリスを寝かしたキューラは熱っぽさもあってかそのままふらふらと部屋の外を歩きだす。
すると一人の女性へと出会う。
彼女の名はレラ……鍛えられた筋肉を惜しむことなくさらす露出の高い服装ではあったが不思議といやらしさは感じない女性だった。
キューラは彼女と話の中で彼女に剣と体術を学びたいと告げるのだが?
「勇者殿にワタシが?」
俺の言葉に驚くレラさん。
だが、俺は頷き彼女にお願いを続けた。
「そうだ、俺は弱い……このままじゃクリエを助けるなんて夢のまた夢だ」
そう、俺にはやらないといけない事がある。
だが、それを成すにはやはり力が足りない。
それは今も思っていた事だ。
そして、運が良いというべきか何なのか、俺の目の前には騎士が居る。
それもこの街一番の騎士だろう。
「い、いやしかし……キミに教える事なんて」
何も無い。
そう言いたげな表情だ。
「なら、剣で手合わせをしてみよう……勿論、真剣は使わない。それで俺の実力を見ればいい」
多分俺が何を言っても彼女は納得しないだろう。
ならどうやって納得させるか……。
そんなのは簡単だ。
本気で戦って負ければいい。
そして、それは容易な事だろう……。
卑屈になっている訳じゃない……強くなるために負ける。
そんな時だって必要だ。
少なくとも、今はその手が最善だって言うのぐらいは分かる。
「わ、分かった、その手合わせ受けよう」
彼女は頷き「こっちだ」と口にする。
俺は彼女の後をついて行き暫くすると……そこには訓練場の様な物があった。
中に入った彼女は精霊石で出来たランタンを灯し壁にかけてある木剣を二本手に取る。
その内の一本を此方へと渡して来た。
「それでは、よろしくお願いします」
丁寧に礼をする彼女に釣られ、俺も頭を下げる。
「よろしくお願いします」
繰り返して言うのは久しぶりだ。
学校での剣の授業以来だろうか? そう思いつつ、俺は剣を構えた。
木剣だからと言ってもしっかりしたものだ。
俺にとってはそれなりに重い。
「――っ」
彼女は一瞬にして迫って来ていた。
俺は木剣を盾に剣を防ぐ、が……ターグ相手でも負けていたのに相手は本物の騎士。
当然力の差は歴然としていた。
腕が痺れるどころでは無い……剣は弾き飛ばされ、空気が首の横を切る。
勝敗がただの一瞬でつく、そう思ったが、俺は身を翻し首にあてられる前に剣を避ける。
負けるといってもただ負けるだけじゃ駄目だ。
実力が無いのを示すための戦いだが、それでもそれなりの体力技量があると示さなきゃいけない。
とはいっても……。
「い、今のは危なかった……」
下手をしたら一瞬で……いや、今のは確実にそのまま動けなかったら終わっていた。
早く剣を……と思ったが取りに行くのは危険だ。
剣を弾き飛ばされた場合、人間相手だと特にむやみに取りに行ってはいけない。
相手もそれが分かってるからだ。
そうなれば対処される可能性も高く、武器を取りに行きたいのならそうできるように対処しなくてはならない。
だが……。
「これで終わりか?」
意外そうな顔を浮かべたレラに対し、俺はニヤリと笑う。
「まさか――!!」
大地を踏み、蹴り出す。
やる事は単純、体術だ。
一応は基礎を習っている……体術の基本は体当たりをするように体重を乗せる。
放った渾身の一撃はレラに吸い込まれ……いや、避ける事すらされなかった。
彼女は片腕で俺の腕を掴むと……。
「軽いな」
たった一言だった。
だが、それは彼女との実力の差がそれだけ離れている事実だ。
「それに勝てる見込みが無いのに笑ったな? 人は恐怖を感じると笑いやすいという……キミは恐れたのか?」
「そ、そんな訳……」
ない、俺は彼女を恐れた? いや、そんなはずがない。
そう思いつつ、口にしかけたが、最後の言葉は出なかった。
何故? 疑問に思ったもののその答えを口にしてくれる人は居ない。
「剣を弾かれた時一瞬だったが、顔が強張った……とっさの判断は素晴らしいが本気ならキミの首はとっくにない」
「……っ」
そう言われ、首筋を撫でると途端にゾクリとしたものが背中を撫でる。
ああ……そうか、俺は恐れてたんだ。
自分で気が付かないなんて事があるとは思わなかったが……。
「弱いなキミは……」
「…………そうだよ、俺は弱い」
俺が認めると彼女は優しく微笑んだ。
「だが、弱さを知る者は強くなる……それだけ何が恐ろしいか理解できるからだ」
彼女はそう言うと飛ばした剣を拾い、此方へと戻って来た。
「良いだろう、私で良ければキミに指導しよう」
「本当か!?」
俺には願っても無い事だ。
嬉しさ余り、声を弾ませると彼女は首を縦に振ってくれた。
これで師は得ることが出来た。
アルセーガレンの賢者には後々会うとしても、彼女の実力は本物だ。
ここで師を得ておくのは間違いじゃない。
「よろしくお願いします、師匠」
「よしてくれ、キミは街の恩人でもあるんだ」
頭を下げてそう言うと彼女は何処か居心地の悪そうな声でそう答えるのだった。




