257 ノルンという貴族
貴族の名はノルンというらしい。
彼は収入源である宿を守ってくれたことに対し、キューラたちに令がしたいのだという。
果たして信用できるのだろうか?
俺達が名前を伝えると、いつまで経ってももう一人が名前を言わない。
警戒しているのか? いや、だけどカインだぞ? 不思議に思い俺はカインの方へと向くと……。
「おい、カイン……」
「むぐ! こふぇ、うふぁいほ! ふゅーふぁもふぁやふふぁへふぉ!!」
そこにはすでに食事を貪っている少年の姿があった。
「食いながらしゃべるな! 汚いな!?」
「うわぁ……」
俺が彼に注意をするとファリスは心底嫌な物を見た様な声を発し、表情も思いっきり引いている。
何故ここにチェルが居ない? 彼女がいてくれればカイン君!! と怒ってくれるのに。
「はははははは!! 良い喰いっぷりだ! お前はカインと言うのか気に入った!!」
まじで!? これを!?
どうやら、大変心の広い貴族のようだな……。
そんな事を思っていると彼の笑い声が途絶え、俺は少し空気が変わった事に気が付き彼の方へと向く。
彼は葡萄酒を一口、飲むと息を整え……。
「さて、話がある勇者よ……従者殿達と呼んだ方が良いか?」
「――っ!?」
その言葉に俺はようやく過ちに気がついた。
門の前で見知った顔だと言われたんだ……こいつが知らないはずがない。
そう、俺達の情報はとっくの等に漏れているはずだ。
「ああ、そう警戒するな。別に恩人である貴女達にどうこうしようと言う訳ではない、話が聞きたいあれの前の勇者、そう良い噂を聞いていた方だ」
彼はそう言うと再び酒へと口を付ける。
「彼女は勇者の力が無くなったと聞いた、それは君達の所為だとも……故に彼女と君達はこの辺りでは見つけ次第消すようにと言われている」
「……だろうな」
俺達は理由はどうであれ、クリエの力を……ん?
「彼女って勇者は見つかってないのか?」
「……ああ、従者達が攫われた後、たった一人になった彼女は二匹の魔物によって連れ去られた。まるで彼女を守るのが仕事のようだったと聞いている」
おかしいな、セイブって村では捕まったと聞いたはずだ。
それに二匹の魔物? 街の中にそんなのが入るはずない。
もし、もしその話が本当だとして、その場にいたとすれば……。
「ライムにレムスか……あいつら、よくやってくれたな」
再会したらうまいもんを食わしてやらないとな。
「なるほど勇者……従者殿の魔物か……だが、貴女達の立場が危ういのは間違いない、そう遠くない未来、この神大陸で安全に過ごせるのは此処とクリードぐらいになってしまうだろう……愚かな考えを持つ連中の所為でな」
「何が言いたい?」
俺はノルンに問う。
すると彼は……。
「セイブと言う村がある……一説によると従者の失踪は彼らの所為だと聞いている。勿論その動機もしっかりしている……転生者という良く分からないものの子孫である彼らは勇者に恨みがある」
「恨み? そんな事一言も行ってなかった……キューラお姉ちゃんのダイジナモノヲウバオウトシタクズハイタケド」
ファリスはあの村での事を思い出したのだろう、途中から感情の無い声になっていて怖いぞ?
「あの村は異常だ勇者の所為で家族を殺された者の集まりで勇者から従者を奪い、罠にハメ亡き者にしようとしている」
「ふぉんなへんふぁれんひゅうふぁいふのふぁ!」
カイン、真面目な話の時に何故君は食べながら話すんだ?
「だけど、あいつらは勇者を守りたいなんて言ってたぞ?」
「それは君達従者を懐柔するためだ……今まで一度も成功した事は無いそうだが、世界には勇者を助けてはいけない、助けられない呪いがあるなどと嘘偽りを言う」
ああ、なるほどな……。
確かに彼らはそんな事言っていた。
だが、現実はどうだ? 学校で習った事ではあるが従者は勇者を守るための者。
そして、それをずっと守ってきたのがクリード王だ。
別に転生者じゃなくとも勇者は守れる……そもそもこの世界において転生者はラノベのように最初から特別な力を持つ訳じゃない。
俺は恵まれているほうだが上には上がいた、割と普通の人でしかない。
「しかし、そんな事はどうでもいい、とにかく禁書にある様な勇気ある少女とその従者達を死なせてはいけない、私と配下であるフリンは兵士たちに命を下した! 似顔絵の従者達を見つけ次第、何も言わず街に入れよとな」
フリン? いったい誰のことだ? ここにはいないようだが……。
だが、今の言葉から聞くに……。
「つまり、元から俺達をかくまうつもりだったのか?」
俺がそう問うと彼は首を縦に振るが、すぐに横に振り始めた。
ん? どういう意味だ?
「最初はそのつもりだったが考えを先程改めた匿える訳が無いだろう? 先程の騒動を見て分かった、どうせ魔王を討伐しに行くのだろう?」
ああ、なるほど……確かにそうだ。
単純にクリエが死ねばいいなんて考える奴ばかりだったらここで過ごすのも悪くない。
だが、それでもクリエの事を助けようとしてくれる奴が居ると思ったら俺達はきっと旅立つだろう。
ノルンもそう思ったに違いない。
「だが、今は何も整っていないのだろう? ならば暫くはこの街を拠点として使うが良い、何お前達は恩人だ。勇者の従者ではない、勇者そのものだ……禁書に描かれている様な勇気を持つ、真の勇者だ」
彼はそう言うと目の前にある食事へと目を向ける。
「すっかり冷めてしまったな、今取り換えよう」
「あ、ああ、此処迄もてなしてもらってそれは申し訳ない、このままで十分すぎる程だ」
そう言いつつ俺には「というか、カイン君が殆ど食べてますからね……」なんて言うチェルの引きつった笑みが何故か脳裏に浮かんだ。




