254 焔を灯す者
勇者とは到底呼べない男ルイス。
彼は捕らえられたキューラに従者の誓い……その儀式魔法を執り行った。
しかし……。
キューラは既にクリエの従者だ。
彼は今一度、守る者を思い出し……その身に焔を灯すのだった。
腕を伝い響く鈍い音。
俺はチリチリと焼かれる感覚を味わいながらも奴を殴る感覚を感じていた。
「…………っ!? キューラ様!!」
ファリスは暫く呆然としていたが、俺の傍へとやってくる。
そして心配そうに腕へと手を伸ばし触れて来ようとしてきたので避ける。
ファリスまで火傷をしたら大変だ。
避けた事で悲しそうな表情を浮かべたファリスだったが、俺の意図は汲んでくれたのだろうこちらを見つめてきた。
「だ、大丈夫?」
「ああ、以前よりは焼かれてない」
以前……と言ってもファリスは知らないだろうが、とにかく余裕はある。
完全に使いこなす事は出来ずとも、気持ち次第で物になるのか?
だからこそ、恨みや憎しみで使うなと言われたのだろうか?
まぁ、今はそんな事はどうでもいい。
「お、お前! お前!! ご主人様だぞ!! 僕はお前のご主人様だぞ!!」
殺すつもりはない。
相手には恐らくそれが伝わっているのだろう。
だからこそ、自称勇者は立ち上がり俺へと指を向け叫ぶ。
周りではざわざわと騒ぐ声が聞こえてきた。
だが、俺が言う事は変わらない。
「ご主人? ふざけるな……誰がお前の従者になんかなるもんかよ、それに勇者だったか? くだらない、勇気も何も無い自分より立場の弱い奴を虐めてる屑が勇者を名乗るな!!」
「な、なにを……お前! 分かってるのか? この世界は大陸は魔王に目を付けられているんだぞ!! 僕が居なければ魔王を倒せないんだぞ!!」
彼の言い分に俺は大きくため息をついた。
すると、ファリスが前へと出て鎌を構える。
「……なんだよ、なんだよ! ガキが!!」
余裕なんてない、ただ騒ぐ子供同然の彼に対し、ファリスは相当な怒りを感じているはずだ。
だが、彼女は俺との約束を守ってくれている。
「魔王なら……キューラ様……キューラお姉ちゃんが倒す。倒してキューラお姉ちゃんが次期魔王になる。お前の力なんて……必要ない」
ファリスは元魔王の配下だ。
きっとその力がどれ程であるかは良く知っているはずだ。
だが、そんな彼女に倒すとはっきりと言ってもらえると何だか安心した。
そうだ、魔王も所詮人間。
倒せないはずがない……。
俺はニヤリと笑みを浮かべ……炎に包まれた右手を掲げた。
「そういう事だ、奇跡の力なんて必要ない、俺は……俺の自身の目的の為に魔王を倒す。ファリスが言った通り必要なら魔大陸そのものを収めてやるよ……そして、神大陸には一切手を出せない」
ああ、そうだ。
これで良い……その為に俺は強くならなきゃならない。
アルセーガレンへと向かい、俺は師を見つけるんだ。
クリエを守る為に……彼女を助ける為に魔王を倒す。
勇者……神の子の力ではなく人の力で!
「ふ、ふざけるな! ふざけるな! 何だよお前達は!! 勝手に勇者って決めつけて、その上戦いたくもないのに剣を握らせて!! 挙句世界の為に死ね!! お前達が言ったんだろうが!!」
そうやって叫ぶ男に対し、カインも呆れたのだろう溜息をつく。
「だから死ぬまでは好きな事をして良いって? 人の迷惑にならないなら勝手だけどな……」
彼は俺の方へと目を向けてきた。
恐らくはクリエの事を思い出しているのだろう。
「そうだな、お前がやったことは許される事じゃない」
例え勇者だろうが許される範囲と言うものがある。
彼はそれを超えてしまった。
守るはずの人々を傷つけ、女性を傷つけ……。
挙句、人を契約という鎖で縛り付け、好き放題して来たのだろう。
それにさっきの自決しろと言う言葉をさらりと口にしたという事は……これはあくまで俺の予測に過ぎないが……。
こいつは過去にも何人か自害させているか、させようとして辞めさせ恐怖を植え付けた。
考えてみれば当然だ。
自分に逆らった者と下手に戦うよりも従者の契約を結び、自害させてしまうか、逆らえないという恐怖を植え付けてしまえばそれで終わり。
さっきあのエルフの子を殺そうとしたり、俺へと契約を結び、辱めようとした方法で出来るはずだ。
「五月蠅い! なら!! 世界の為に死ねって言うのは許されるのかよ!?」
俺が考えごとをしていると彼はそんな事を口にした。
貴族なら首を縦に振るだろうその言葉は一般人には知らされていない事実だ。
当然、周りの人々は騒めきを広げていき……。
町人の殆どは奇跡の犠牲を今知った所だろう。
「誰も許すとは言ってない、それに……俺は言ったはずだ奇跡の力なんて必要ないってな」
そう告げた後、俺は彼へと近づく。
いくら焼ける速度が落ちたと言っても常に焼かれ続けているのは変わりない。
腕は熱さを訴え、それに耐えつつも俺は一歩、また一歩と進む。
「ひっ!?」
勇者と言う肩書がありつつもその実態は臆病なのだろう。
自分の身を守ろうとしているのか頭を押さえ丸まった彼はびくびくと怯えていた。
「あの子達の契約を切れ、今すぐにだ」
実際、そんなことが出来るのか分からない。
だが、契約を結べる以上、切る事も出来るはずだ。
「で、でもよ……あいつらは――!!」
「契約を切れ、じゃないと――」
顔をあげた男に握った拳を見せつける。
轟々と炎が燃え、男はそれに釘付けになると――ガチガチと歯を鳴らした。
「は、はい……!」
慌てて走り始めた男はエルフの元へと向かう。
瞬間、何かが光って見えた。
「……ファリス」
俺は呆れつつも彼女の名を呼ぶ。
すると彼女も光る物の正体には気が付いていたのだろう、それを鎌で弾き飛ばした。
「ひぃぃぃい!?」
情けない悲鳴、それに少し遅れて聞こえたのは地面へと落ちる一本のナイフの音だった。




