232 伏兵は?
魔王らしく奪う。
そう決めたキューラはクリエを守る為に仲間の力を借り、脱出を試みる。
このままいけば逃げ切れるだろう。
そう思った彼だったが同時に伏兵を警戒していたのだった。
「何処だ……?」
俺は思わず口にしてしまった。
だが、これは大事な事だ。
今俺達が進んでいる所はファリスが選んだ道だ。
ファリスもまた伏兵の事を考えてくれてるのだろう、死角が少ない場所を選んでくれている。
だが、そうしたって隠れる場所があるのは間違いない。
それに……俺ならこう言った見えやすい道にこそ伏兵を忍ばせたい。
何故なら誰もが選ぶであろう道だからだ。
なら、敢えて死角が多い道を選ぶか? って言われるとそれも愚策だ。
この人数が通れる大きな道でないと意味がない。
逃げるにはどうしたって障害物が少ない方が良いんだ。
だから――。
俺は目を凝らして敵がいる所を見極める。
そう思い、辺りを警戒していると……。
「――っ!!」
見つけた。
いかにも怪しいと言っても良い場所だ。
家や店が無いのに大きな樽が並べられている。
大きな樽の裏には隠れることが出来るだろう……。
「ファリス!」
俺は前を走るファリスの名を呼び、樽へと指を向ける。
すると、幼い少女はその意味を理解したのだろう……。
手に持った鎌を握り直し、樽へと向かって行った。
そして、その樽を壊すと……。
「何もいない?」
中からは水が溢れ出ただけで裏に誰かが隠れてるなんて事は無かった。
「キューラなにやってるんだい!?」
そして、一部始終を見ていたトゥスさんは俺を叱るような口調でそう言った。
「樽なんて何処に置いてあってもおかしくない! 寧ろ――おかしい場所を探してる方が間違いだ」
そうは言われても……。
怪しくなくて怪しい場所を探せという事か……? んな無茶な。
「大丈夫、一緒に探す」
こちらへと戻って来たファリスは妖艶な笑みを浮かべ再び前を走る。
頼もしい事この上ないが……自分よりも幼いであろう彼女に守られるのはどうも情けない。
いや、たった今その情けない部分が露見した所か……。
落ち着け、落ち着いて俺ならどこに兵を置くか考えるんだ。
「…………チッ!!」
そう思った矢先だった。
「ひゃぁ!?」
俺は突然宙に舞い、声を上げる。慌ててなにが起きたのか確認しようとした。
それにしてもまるで女の子のような声を出してしまった。
そんなくだらない事を考えていると……目に見えたのは……。
「無駄な抵抗もそこまでだ」
見た事も無い貴族がそこに居り、トゥスさんは銃を構え、彼を狙っていた。
俺はというと何とかライムに助けられたんだが……。
目の前にある物は絶望だ。
まさか、伏兵を置くどころか堂々と目の前に出てくるとは思わなかった。
いや、なんでそう思わなかったのかが謎だ。
「…………くそ」
俺は思わずそう口にした。
だが、状況が良くなるわけじゃない。
そんな事は分かっていた。
「キューラ! 囲まれたぞ!!」
カインの声が響き、俺は後ろを向く。
すると数人の魔法使いが詠唱を唱えている……恐らくは氷の魔法だ。
何も出来なかった。
脱出は失敗に終わった……仲間を巻き込むという最悪の形で……。
「キューラちゃん……逃げてください」
だが、クリエはそんな俺達を助けてくれようとしているのだろう……ライムから出てくると前へと歩き出す。
「おや、勇者……いや、元勇者と言った方が良いか? 何用だ?」
見下すような視線、彼は明らかに自分が上だと思っているのだろう。
クリエはそんな彼に対し怯むことなく……。
「この人達は解放してください、私が居れば十分ですよね……」
しかし、怖いのだろう声は震えていた。
そんな彼女に対し貴族の男は少し考えるそぶりを見せる。
わざとらしいその行動は――分かりやすかった。
「却下だ……そいつらはお前から奇跡の力を奪い、世界を危機に陥れている。ましてやお前の様な勇者……世界を救うための道具なんぞの命が大事だと言いここまで逃げてきた訳だ」
そして、彼はイリスの方へと目を向け……。
「折角、地位を分け与えてやろうとした小娘もその様だ……やはり泳がせておいて正解だった。策を練るならもう少し考えた方が良い」
その目はイリスを睨みその視線を受けたイリスからは小さく息をのむ音が聞こえた。
「この外道! 勇者勇者と相手は人間ですよ!」
「人間? 我々とこれを一緒にするな……」
ヘレンの言葉に鼻で笑う彼は手をゆっくりと上げ……俺達の方へと向け下げていく……。
「処刑しろ、女は髙く売れる、そう思ったが調教が面倒だろう……一人残らず処刑だ」
そう口にした。
こんな街中で!? そう思ったが同時に俺は疑問を浮かべた。
逃げるのに必死で気が付かなかったが街の中だって言うのに兵士や魔法使いばかりだ。
家の中に隠れている? そう思ったのだが、どの家にも鉄格子があった。
ここは……罪人を閉じ込めておく巨大な牢獄ってことかよ……。
悠長にそんな事を考えていたのはもう、逃げ場がないって確信していたからだろう。
空を見上げると……氷の矢は俺達に降り注ごうとしていた。




