21 勇者の涙
不安そうなクリエ……
キューラは彼女の様子を察し、理由を考えた。
そして、彼はその理由が彼女達勇者だけが持つ力……奇跡と呼ばれる物の所為だと思い出す。
それは、勇者達は自身を犠牲にすればどんな奇跡でも起こせるという物で、キューラはそれを使わない様にと涙を流す彼女に告げたのだった。
さて、早速だが俺はどうしたら良いのだろうか?
先程のクリエの発言に思わず引っぺがそうとしたんだが、彼女は泣いていた。
女の涙は武器だって言うが……まぁそうだよな、男の俺が逆らえる訳がない。
「うへへ……」
それに良く聞けば涙声だ……それに気が付いてしまってからは何も出来なかった。
全く……強がってるのか、なんなのか……
とにかく彼女の気が済むまではこうしているしかないのか? というか、俺が元々男である事は変わる訳じゃないのにクリエは気にしないのだろうか?
「うへへ、へへ……うぇっ……」
はぁ、勇者ってのは泣き声を上げるのさえ我慢するのか?
泣きながら笑われるとそれはそれで怖い、というか……素直に泣けば良いんじゃないか?
「扉は閉まってる。外には聞こえないし、お前が泣いたなんて誰にも言う訳じゃない……我慢する必要なんてないだろ?」
俺が呆れ気味にそう言うと彼女はびくりと身体を震わせ、驚いたような瞳で俺を見てくるが……
その瞳からは涙は抑えられていなく、どんどん溢れて来ていた。
そんなに怖かったなら、わざと笑う必要が何処にある? むしろ――
「泣いてすっきりして今後の事を考えれば良い。ただし、念のために言っておくが犠牲になるのだけは禁止だ……もしそうするなら俺は従者を辞めて一人で魔王を倒しに行く」
無謀も良い所だが、それでも魔王に対抗できるのは俺だけだ。
何せ俺には呪いが効かない……これだけでも魔王にとっては脅威のはず……
問題はあちらさんが俺のスペックを遥かに超えて無い事だが……それは高望みかぁ……
「キューラちゃんは……私が生きて良いって言うんですか?」
「何馬鹿な事を聞いてるんだ? 良いも何も俺がいや、俺だけじゃなくクリエ以外が判断する事じゃない自分がそうしたいならそれで良いじゃないか」
寧ろそれ以外に何がある? ただでさえ俺は魔王を討伐すると言う無茶をこの女の子に頼んでるんだ。
でもなぁ……ただの変態百合かと思ったが……あの戦いぶりといえ、泣かれた事といい、今の言葉といい……こんな姿を見せられたら、頼みますとは言えないな。
やっぱりここは魔王は俺が倒すべきか? 仲間を集めれば何とかならないか?
うーん……でも勇者でもない限り、そんな仲間なんて簡単に集まるもんなのか? いっそただの冒険者を装って仲間を揃えるか? いや、魔王討伐と知ったら逃げるかもしれないな……
「自分がそうしたいなら? で、でもキューラちゃんはどう思って……」
人が真面目に考えている時に……クリエにとってはそんなに重要な事なのか? でも、どう思ってお前……
「そんなの良いに決まってるだろ。そもそも、クリエが何か悪い事をしたのか? もし、犠牲にならない事でそれが悪いだのと文句言われるなら、それこそ犠牲になる必要なんてない! だってそうだろ? 少なくとも、もう犠牲になった連中は戻って来ない」
俺に関しては不幸中の幸いだ。
このままの姿だろうがそんな事は人の命と天秤にかけたら安いもんだ……最悪、今考えた様にダメもとでも自分で討伐に向かえば良い。
だがしかし、クリエの犠牲があれば確実に倒せるのだろう……でもな、それって意味が無いんじゃないか?
「……あのなクリエ、俺が思うに勇者の犠牲で世界を救っても意味はない。その内また魔王やら天変地異やらが起きる。その度に勇者に頼ってられるのか? ましてやその奇跡が絶対とは言い切れないだろ? いずれは勇者の奇跡も通じなくなることも起きるかもしれない、なによりクリエ達勇者が絶対に生まれて来るなんて保障どこにも無いんだからな」
そもそも犠牲になればどんな願いでも叶う? そんな力がある事自体がおかしいんだよな。
まるで勇者を犠牲にしろとでも言ってるような物だ……でも、勇者はガゼウルっていう神様の子供だって言われてる。
その神様は誰よりも優しく、強い神だともな……そんな神が自身の子供にそんな力を託すのか?
もし勇者が神の子だとしても、そんな力を持つ理由は別の何かがありそうな気がするんだよな……
例えば神は何かを試してる……とか、いや、考え過ぎか……今はそんな事よりもクリエの方だ。
「とにかく、辛いもん全部吐き出せ……その上で俺に協力してくれるなら、仲間を探そう、な?」
俺がそう言うとクリエは途端にくしゃりとその顔を歪め、俺を抱きしめる腕に力を入れると顔を隠すように俺の胸に押し付けて泣き声を漏らし始めた……
勇者ってのは……俺が思っているよりもずっと大変なのかもしれないな。
あれから長い間クリエは泣き晴らした後、風呂に行きたいと言い始めた。
折角大浴場なんてものがあるのだからその気持ちも分かるし、少しは気分転換にもなるだろう……
一人で行くのかと思ってたんだが……
「どうしてこうなった……い、いや、俺が考えるべきは今後の事だな!」
俺は風呂に浸かりながら、恐らく男性側の方にある壁を目の前にし呟く……
「キューラちゃん? なんで壁の方に?」
気を使ってるんだよ!! 察してくれよ!! っていうか、何で一緒に入る!?
お前は俺が男だと言うのを知っているじゃないか!! いや、実際に目にした訳じゃなく書類で見たんだろうけど、さぁ……
「あ、あの……もしかして、怒ってますか? それとも気を使って? でも……これは仕方が無いんですよ?」
「仕方が無いってどういう事だよ……」
俺は心臓がバクバクと鳴っているのが気付かれるのではないか? と思いつつ壁へと向けて質問をする。
何せ自分でも顔が真っ赤になってるのが分かる位だ……風呂に入る前からそうだったし……まさか嫌がる俺を剥くとは思わなかった。
「私の権限を使ってここを貸し切りにしました」
「また無茶な要求を……」
後でこの旅館の人には謝っておこう……
そんな事を考えていると……
「キューラちゃんの為と思ったんですが……」
「俺の……?」
疑問に思いつつ、思わず振り向きそうになった首と視線を意志で壁へと縫い付けた俺はクリエに尋ねると――
「だって、その……男の人の所に入る訳にはいきませんし、かといって他の女性が居たらキューラちゃんお風呂入れないですよね?」
「…………」
そっか、こいつ、一応信じてはくれていたんだな……
いや、勇者に提出した書類なんだ嘘偽りはないと思ってはいても男が女になるなんて超常現象を誰が信じるのか……そう心のどこかで思ってはいたが……
なるほど、やっぱり頼りになる時はなるみたいだな……
「そっか、でも――クリエが一緒に入る理由には――」
「貸し切りに出来たのは私が入るからです、ですのでキューラちゃんだけでは……」
そ、そうか……いや、確かにそうだろうけど、この状況は何というかマズイ……
実はクリエも入ると知り、身体を洗った後に急いでこの壁の目の前まで来たんだが……実はここ入口と正反対だった。
つまり、クリエが居る限り俺は出ることが出来ない。
いくら相手が百合勇者だとしても、さっきの泣き顔を見せられてやっぱり女の子なんだなって思った手前、それは良くないだろう。
堅物だと言われようが何だろうがクリエの為だ……しかし、クリエって見た目は美人で胸も大きいんだよな……
「でも、キューラちゃんを怒らせてしまうとは思わなかったんです……」
頭に浮かび始めた妄想を首を振る事で振り払うとそんな言葉が聞こえてきた。
「お、怒っては無いぞ? 寧ろ助かった」
こっちは女の子の身体だ相手は気にしないだろうが、俺の精神にダメージがでかすぎる。
というか今現在のダメージも相当だ……だってさ、前世でも女性の裸なんて目にしたことは無いんだからな。
「でも、キューラちゃん……こっち向いて……くれ、ま……せん」
へ!? 何でクリエが泣き始めてるんだ!?
「い、いや違うぞ!? これはその――」
先程泣かれた事もあるのだろう、慌ててしまった俺は水音を立てながらクリエの方へと向いた。
するとそこには笑顔の女性が居り――この野郎……図ったな……
「うへへへ……やっと向いてくれました……」
しかもクリエの奴はタオルを体に巻き付けていた……――って、それはマナー違反じゃないのか? などと考える暇もなかった。
風呂に入っているのだから当然それは張り付いているし若干――そう思った所で視界は揺れた――
長い間入っていたからのぼせたのか? それとも所を急に動いたからだろうか?
「キュ、キューラちゃん?」
「――っ」
反転する視界の中、慌てふためくクリエの姿と――
「キューラちゃん!!」
俺の名を呼ぶ彼女の声が聞こえた。