206 クリエの元へ
部屋に帰ると不思議な光景が目の前へと転がっていた。
「むぅ! むぅ~~!!」
それは芋虫の様で芋虫ではない何か……。
それに対し、部屋の住人の一人トゥスさんは何も気にせずに晩酌をしている。
もう一人イリスの方はおろおろとして俺を見つけると駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫?」
俺を心配してくれるのは嬉しい。
だけど……。
「一体なにがあったんだ?」
俺は二人に尋ねる。
するとトゥスさんは溜息をつき……。
「いやね、クリエお嬢ちゃんがキューラの後を追おうとしたのさ、だけどもう暗いだろう? 危ないから駄目だって言ったんだけどね、言う事を聞かないから縛った」
いや、縛ったって!? 何をしているのだろうかこのエルフは!?
「俺が居るんだ、別について来ても……」
問題はないはずだ。
そう思ったのだが、トゥスさんに睨まれてしまった。
「もしことが起きたらどうするんだい? 一緒について行ったクリエお嬢ちゃんは罪に問われるかもしれない」
「あ……」
そうか、もしヘレンが死んでいたら目撃者がいないんじゃあの少年を目撃者に仕立て上げ、ヘレンの暗殺をしたのが俺という噂を流せるのか……。
そうなればきっと俺達よりも住民の声を聞くはずだ。
普通なら……だけどな。
だが、まともならそうじゃない……姉を疑ってくれるはずだが、結局自分の子供を疑うというのは親には難しいかもしれない。
「って……俺は良いのかよ」
ふと気が付いた事に俺は訴える。
するとトゥスさんは……。
「嫌な予感がしたんだろう? だったら行った方が良い」
「いや、確かにそうだし、そうだったけどさ……」
なんか複雑だ。
そう思っているとトゥスさんは笑みを浮かべ……。
「それよりも早くほどいてやりな」
「むぅ! むぅぅぅぅぅぅうっ」
いや、アンタが縛ったんだろうが!?
そう言いたいのをぐっと堪えた俺はクリエの縄をほどいてやろうとする。
しかし……。
「か、堅ぁ!?」
「そりゃ勇者を縛るんだからね」
何をやってるんだ本当に!?
「んぅ!? ぅぅ……ぅぁ……ぁ」
そしてクリエはなんでそんな声を出すんだよ!? こっちが困るって!?
ああ、もう!!
俺はナイフを取り出し、彼女を傷つけないように注意をしながら縄を切る。
そして口を塞いでいた布を自力で取ったクリエは――。
「ひどいですトゥスさん!! ああ、でもキューラちゃんにいじめられるのはちょっと……」
「「………………」」
なぜ喜んでいるのだろうか? 俺とイリスは二人して同じような顔を浮かべているに違いない。
というかこの変態……本当に勇者なんだろうか?
「うへうへへへ……はっ!」
暫くだらけ切った顔で笑っていたクリエはようやくまともな表情へと戻る。
すると焦った様子で俺の方へと掴みかかり……。
「ひゃぁぁぁあ!?」
俺はいきなりの事に驚き情けない声を上げる。
「ああ、かかかかわ……じゃなくて! あの! 嫌な予感って何だったんですか!?」
ま、まずい、襲われる!?
「……って、え?」
必死な顔がマジで襲われるかと思ったんだが、そうじゃなかったのか……ほっとしつつ、俺は彼女の手をそっと降ろさせる。
「ヘレンが狙われた……けど大丈夫だ。間に合った」
それだけを伝える。
すると彼女は俺の周りを歩き始め……。
「良かった何も無かったんですね?」
いや、正直レムスが居なかったら……助けられなかったな。
そういえばライムは何処に居るのだろうか? 俺の頭には居ないから何処かに居ると思うんだが……そう思って探してみるとライムは樽の中から顔をのぞかせた。
そこにいたのか……とほっとすると……。
「ああ、ライムならアタシが樽にぶち込んだ」
「おい、俺の使い魔だぞ?」
何をしてくれてるんだこのエルフは……。
「いや、水が汚かったものでね」
いやそもそも備え付けの樽の水って飲み水ではないだろうに……って飲むわけじゃないよな。
「飲めないから参った参った」
「飲むつもりだったのか……」
俺は呆れてがっくりとしているとクリエに再び掴まれてしまう。
だが今度の表情は先程よりも穏やかだったからか叫ぶ必要はなかった。
けどなぜだろうか? この畏怖感というか妙な恐ろしさは……。
「でも良かったです」
「良かった? 俺が無事なのがか?」
さっきも俺に何かないか見てたみたいだし、この頃無茶し過ぎたのか心配させているような気もするな。
気を付けないといけないな……。
「それもありますけど、間に合ったみたいで良かったです……トゥスさんに襲われて咄嗟に窓を開けたかいがありました」
ん? ってことはレムスが来てくれたのはクリエのお蔭だったのか……。
「そっか、助かったよクリエ、ありがとうな」
俺は彼女に礼を告げる。
するとクリエはへにゃりと顔を崩し……。
「うへへ……」
何処か気恥ずかしそうに笑った。
嫌な予感は的中した。
姉の方は妹ヘレンを毒で殺そうとしていたのだ。
しかも、罪もない子供を使っての事だった……。
キューラは彼女を間一髪のところですくい、毒物を燃やすのだった。




