205 ヘレン
街から出て行ってほしい。
ただそれだけを言う妹のほうヘレンを信じたい。
キューラはそう感じた。
しかし、情報が少なく判断が出来ない。
だからこそ、翌日情報を集めようとしたのだが……キューラは嫌な予感がし夜の街を駆けるのだった。
嫌な予感……何でそんなのを感じたのか、答えは簡単だ。
俺が依頼者だったらどこかで依頼がちゃんと遂行されるか確かめたい。
だが、今回の依頼は家族を殺すという物だ。
アリバイが無ければ姉の方も疑われるだろう……それに俺は殺す以外の方法を探すと言った。
恐らく依頼をした姉は面白くなかったはずだ。
そして、俺達がその方法を取らないという事は知っている。
なら強硬手段に出る事も考えられる。
妹の方も俺達が姉と接触してる可能性を考えあの老人を連れてきた……なんて事も考えられる。
だから姉も真正面から戦うなんて事はしないだろう。
「……大丈夫、だとは思うんだが……」
だけど不安は一向に拭われない。
こういう時は気にせずに過ごして気のせいだったならいいんだけどな。
大抵あの時行動していれば……。
なんて事になるのが目に見えている。
「いた……」
俺は目的の少女と老人を見つけこっそりと様子をうかがう。
すると彼女達はどうやら誰かと話している様だ。
お蔭で追いつけたみたいだが、ますます嫌な感じがする。
その陰から彼女は何かを受け取っているのが見えた。
その時、俺はしっかりとその影の正体を見ようと睨む。
「あれは……」
その正体は見覚えがある人物だった。
あれは、確か俺の財布を盗んだ子供だ! いつの間にか身なりは綺麗になってるが間違いない!
やっぱり、彼女が油断しやすい人物を送ってきたのだろうか? 受け取った物それは果物のようだ……。
こんな真夜中に貴族に果物を渡す子供……どこから見ても怪しいのにヘレンは笑顔を浮かべその果物を口へと近づける……。
嫌な予感が確信へと変わった俺は慌てて果物へ向け魔法を唱えようとする。
しかし、魔法なんて放ったらヘレンまで巻き添えになってしまう……。
『カァ!!』
どうする? 迷っているとレムスの鳴き声が聞こえ俺は咄嗟に命令をした。
「あの果物を奪え!! レムス!!」
俺の命令に反応し、翼をはためかせたレムスは真っ直ぐに果物へと向かって行き、老人はそれに気が付くも俺と目が合うと抜きかけていた剣をしまい込む。
レムスが無事な事にホッとしつつすぐに貴族の方へと目を向けると彼女は俺を睨みつけていた。
「なんの用ですか? それに魔物をけしかけるなんて……」
そう思われても仕方がない。
分かってはいるが……。
「…………」
レムスは俺の手に果物を持ってきた。
それをまじまじと見てみるがどこにも変な所はない。
だが……変な所が無いように見えるのが当然だろう。
もし怪しかったら疑われてしまうだけで意味がないからな。
その証拠に少年は俺の顔と態度を見て怯えた表情を浮かべている。
「恐らくこれには毒が入ってる……君を殺そうとしたんだ……」
誰がとは言わない、恐らくは彼女には理解できるだろう。
「まさか、ただの果物ですよ。それにこの子は……」
驚きを隠せないヘレンは少年へと目を向けた。
だが、少年はすぐに気を持ち直すとナイフを構え――。
「この人殺し! とうさんを返せ!!」
「…………え?」
呆けた声、同時に鳴り響く金属音。
少年が持っていたナイフは中を舞い、地面へと落ちる。
「小娘、お蔭で助かった……子供を使うとは思わなかったぞ」
カカカカと笑う老人の剣の腕は凄いの一言しか出なかった。
少年には一切の怪我もないのだ。
だが、少年はそれを良い事に逃げようと動き出す。
しかし――。
「小僧……」
「ひっ!?」
老人に睨まれた瞬間、本能の方が勝ったのだろう……腰を抜かしその場に座り込むと……。
その威圧感だけで倒れてしまう。
もし、俺にあれが向けられていたら……なんて考えるとこっちまで腰が抜けそうだ。
「ロッシュ! 相手は子供ですよ」
危険な目に遭ったというのに老人の方をたしなめる貴族の娘ヘレン。
うーん、やっぱり人を殺してない方はこっちなのか?
「すまんな、お嬢……」
だが、老人の方は悪びれた様子もなく、俺の方へと向くと感心したような表情を浮かべた。
「それにしても、小娘! 良く分かったな」
「……俺だったら双方に潰せるチャンスを逃したくはない」
もし毒物を口に含んでいたら……。
それをどこで食べたかなんて誰も分からない。
ましてや今は夜。
じゃぁ昨日何処に向かった? と考えるはずだ。
そうなれば真っ先に疑われるのは俺達、そして俺達にはアリバイもない。
勇者といえど牢屋行きは間違いないな。
「カカカカ!! そうかそうか! なるほど頭も回るようだな!」
満足そうに笑う老人は倒れた少年へと縄をかける。
「そいつどうするんだ? 多分魔法かなにかで……」
操られていた。
そう伝えようとすると……。
「正気に戻るなら屋敷で保護、そうじゃないならいったん牢屋だな。幸い目撃者居ない」
それを聞いて俺は心底ほっとし……そしてヘレンの方へと目を向ける。
「暫くは信頼できる人からの物じゃなきゃ口に入れない方が良い」
「…………それが毒だとはまだ!」
「決まった訳じゃない、だけど一番暗殺しやすいとしたら毒物だ。混ぜる事さえ出来れば……な」
俺の忠告を聞いて、複雑な表情を浮かべたヘレンは何も言わずに屋敷の方へと歩いて行く……。
それを見送って俺は手に持っていた果物を目にし……魔法を唱える。
「フレイム……」
燃えていく果物はやはり毒物だったのだろうか? 不思議な色の炎を灯していた。




