20 勇者の力とは
魔王が牙を剥いた事をうっかりと滑らしてしまったクリエ。
彼女はその事に対しひどく落ち込んでいて……いや、それだけにしてはショックを受け過ぎていると感じたキューラは何か理由があると悟る。
そして、かつて学校に居た時に勇者にまつわる話を聞いた覚えがあり、それを思い出そうとするのだが……果たしてその話とは?
「ここがお勧めの宿ですよ、キューラちゃん、クリエさん!」
そう言って一つの宿を指差すのはチェルだ。
しかし、でっかい宿だな……まるで旅館だぞ、これ……
「俺は小さいので良かったんだ! なんでここなのか!!」
笑いながら文句を垂れるカイン。
その理由はここまで来る途中で説明されたはずだが、まるで覚えてない……
何故なら――
「クリエ」
「……な、なんですか?」
先程から様子がおかしくなった勇者クリエの方が気になったからだ。
美人にそう……しおらしくと言うか、悩みがありますとか不安があります……と顔に浮かべられたら男女関係なく……いや、男なら気になって仕方が無いだろう。
「さっきから不安そうだけど大丈夫か?」
「……っ!」
彼女はばれていないとでも思ったのだろうか? 目を見開き驚くがそんな事はばればれだ。
何よりこれから先、一緒に旅をしていくんだ。放って置くって方が無理だって……
ましてや魔王を倒す事になる……そんな様子じゃ魔物に殺されてしまうだろう……いや、魔物じゃなくてもいずれ襲って来るだろうあの幼女に……
クリエの場合、通常時の方が幼女に殺されそうか……いや、そんなことはないだろう、多分……
と、とにかく、元気を出してもらわないとな。
「何か不安があるなら話してくれよ、これでもクリエの従者なんだし、そうじゃなくても一緒に旅をする仲だろ?」
「……キューラちゃん」
ってなんでそんな泣きそうな顔になる!? 俺泣かせるような事言ったか?
「何でもないです! その心配をかけました」
「あ、ああ……」
いや、思いっきり泣きそうなんだけど? 話すつもりはない……て事か?
それにあのクリエが俺にちょっかい出してこないのは心配になる。
「で、でも少しお願いが――」
「ん? ああ、なんだ?」
「後でお願いします」
彼女はそれだけを言うと旅館の中へと入って行く、俺達も後を追う形で旅館の門をくぐると――
「ぅぅ……カイン君と全然違う……でもキューラちゃんは女の子……キューラちゃんは女の子……キューラちゃんは女の子……クリエさんが羨ましいなんて事は……」
「どうした! チェル」
「何でもない……」
いや、うん……チェルの呟きはしっかりと俺には聞こえたが……
クリエが羨ましいと言うのは一体なんなのだろうか? 後、俺は女の子じゃないんだよ……一応は男だ。
姿形は女の子になってるが男なんだよ……くそう……
そんな事を考えていると受付を済ませたらしいクリエは二つの鍵を持って俺達の元へとやってくる。
その顔は明らかに無理に笑みを浮かべているのが分かり――
「部屋二つしか取れませんでした。流石に泊まっている方を追い出すのは良くないので――」
そう言ってチェルに鍵を渡したクリエは俺へと目を向け――
「キューラちゃん、部屋に行きましょうか」
「って、男女で分けなかったのか?」
「その方が良いかと思いましたが、二人は従者という訳ではないので勝手な判断で私達と同室にはできませんよ」
そうか、確かにそうだな……
まぁ、俺の方は一晩一緒だったが襲われはしなかったし安全だろう。
「じゃ、何かあったらこっちの部屋に来てくれって部屋は?」
「チェルちゃん達は1階の大浴槽を通り過ぎた所にある部屋です、私達は2階左奥の部屋にいますので」
左奥か……見た目から察するにここから結構遠いな……
まぁ、仕方が無いか。
「はい! 何から何までありがとうございますっ!」
俺がのんびりと考えているとチェルは笑顔を浮かべ早速部屋へと向かって行く……
早く風呂に入りたいのかその足取りは早く……
「チェ、チェル! 待て待ってくれ! まずはこの枝でだな!」
おい、カイン追いかけるのは良いが、なぜお前は枝を持っている。
というか何時拾ったんだそれ……
「カイン君! 他の人に迷惑だからこの中でソレ禁止だからね!!」
流石のチェルもこれにはご立腹だった……
何時もそう言えれば、きっと3日も迷うことは無かっただろうに……
「私達も行きましょうか?」
「ああ、そうだな」
それにしても、クリエは一体どうしたんだか……
「ここ……ですね」
二人と離れた後、俺はクリエの悩みの理由を考えていた。
確か勇者にまつわる話を何か聞いた覚えがあるんだが……
「キューラちゃん?」
「あ、ああ……」
クリエに促され部屋へと足を踏み入れる。
彼女は俺の顔を窺うようにチラチラと視線を投げ――
「キュ、キューラちゃん……」
遠慮がちに俺の名を呼んだ。
「なんだ?」
当然そう返す俺は続きの言葉を待つが一向返ってこない……
やっぱりなんか変だな? 俺が何かを言ったのか? 何で俺をそんな怯えた目で……
いや、まさか魔王が本当に怖い……違う、なんだ……確か何かがあったはずだ……
「その、キューラちゃんは私が早く魔王を倒すべきだと思いますか? 今すぐに……」
「は、はぁ? 何言ってるんだ……相手の場所もまだ知らないだろ……」
何せ相手は新しい魔王と言っているんだ。
今までの魔王が住んでいた王宮や城と同じ場所に居るとは思えない。
そんな相手をどうやって今すぐ倒すと言うのだろうか? 無理に決まってる……?
「………………いや……」
違う、そうだ……俺が知っている話の中に勇者には特徴的な瞳の他に何か特別な力があったはずだ。
なんだ? 何があった……
「やっぱりそうですよね、魔王は居ない方が……」
「待て、待て、そうじゃない。魔王は情報や仲間を集めてからだ! それよりも……」
何でクリエは急に魔王に拘ってる? そして、なんで怯えているんだ?
倒すべきとは……つまり、クリエは魔王を倒せるって訳だよな? それも話の内容から察するに今すぐに……まるでこの場で? いや……まさか、そんな訳……
いや……出来る、だけど……そんな馬鹿なあれはただの伝承じゃ無いのか!?
「な、なぁクリエ……一つ聞きたいんだ」
俺は嫌な汗が背に流れる感覚がした。
つまり、クリエは俺の言った言葉をそう捉えて……そして、それが出来るってのか?
「な、なんですか?」
「勇者の奇跡って本当にあるのか?」
それは、俺がこの世界に来て習った事の中で『王族、貴族が考えている事が本当だとしたら狂ってる』と思った事だ。
そして同時にそんな都合が良い力なんて無いとも考えていた。
だが、それは彼女の様子からして違うのだろう……
「……はい、だから」
「先に言っておくが、それを絶対に使うなよ! 俺は許さないからな!」
奇跡とは名ばかり、どんな願いでも勇者が自らの命を絶つ事で叶える事だ。
つまり、クリエは俺が彼女の命を使って魔王を倒せば良いとでも思ったのだろう……
しかし、この奇跡は本人や王族、貴族……そして学校関係者しか知らないらしい。
俺が学校で教わったのはこうだ……
人としてではなく、世界存命の道具……『勇者』として命を奪われる。
だが、勇者の従者とは本来こうさせない為の剣と盾であるべきではないか?
……と、そう教えられたのを今思い出した。
本当にそんな馬鹿げた力があるのなら勿論、俺もそう思う……いや、そうしなければならないだろう。
当然だ、クリエは勇者である前に人間でただの女の子なんだからな……
「キューラちゃん、でも……私が皆を……」
そんな泣きそうな顔で何を言っているのか……
「俺は魔王を倒してくれとは言ったけど、命を張れとは言ってない」
そう言うとクリエはいよいよ瞳から涙をこぼし、いきなり抱きついて来て胸へと顔を当ててくる。
ま、まぁ……今日は仕方が無いか……
きっと、俺と出会った時にはもうすでに不安だったんだろうからな……し、しかし、あれだな?
クリエは美人だからこう……抱きつかれるとクリエだと分かっていても……緊張する。
ここは落ち着かせるために何かしたほうが――
「う、うぅ……」
した方が良いよな?
「うへへ……キューラちゃん、良い匂いです……」
いや、やっぱりやめようって言うか立ち直るの早いなコイツ……