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174 気になるお店

 キューラは男を捉えることに成功した。

 しかし、人に囲まれ困った彼はその場から逃げる。

 そして、どうやって戻るか考えている所、何故か興味を引かれる店があり、ふらふらと歩き始めた。

 カランカランという鈴の音と共に店へと足を踏み入れた俺は中を見回す。

 古い紙の匂い、そして薬の匂い……ここは……。


「いらっしゃい」

「あ……はい……」


 店の中に気を取られていると、音を聞きつけ出て来てくれたのだろう老人が一人出迎えてくれた。


「ゆっくり見て行きな……」


 しわくちゃな優しそうな笑みを浮かべた彼は一緒に持ってきたのだろう独特な色の液体を飲み始める。

 恐らく、薬の匂いの正体はあれだ。


「…………」


 そう、俺が入り込んだのは本屋……と言っても……。


「凄い数だな」


 その本屋には本当にすごい数の本が置いてあった。

 この世界には勿論、機械と言う物は無い。

 つまり本を作るには書くしかない……それに売っている本の殆どは写本と呼ばれる誰かが書き写したものだ。

 人によっては字が上手く、読みやすい物があるが……時折、なんて書いてあるのか分からないモノだってある。

 幸い紙自体の生産は進んできているため馬鹿高いという訳ではないが、それだって安い買い物ではない。

 だが、この店にあった本は……。


「どれも読みやすい……」


 そう、手に取って読んでみるとどれも綺麗な字で読みやすいのだ。

 それも、同じ人が写しているのか? とにかく、読みやすかった。


「ほっほっほっ……そう言ってもらえると書いたかいがある」

「…………」


 な、なるほど、この人が自身で書き写したのか……って……。


「この量を書き写したのか!?」

「それ位しか趣味が無いんだよ……とは言ってももう年寄り……今では手が震えて書けないけどね……」


 それは残念だ……これだけ読みやすい本なんてめったに見れない。

 かと言って……買うには金が……。


「……ん?」


 せめて一冊……そう思って本を見て回っていると一つ気になるタイトルを見つけた。

 それには……「少年とドワーフの剣」と書いてあった。

 だが、何度も書き直したのか背表紙に使われている羊皮紙はボロボロになっていてこれだけ字が滲んでいた。


「それは……」


 老人は慌てた様に……しかし、ゆっくりと立ちあがる。

 だが、俺は気にすることなく本を取り、中を読んでみた。

 そこに描かれていたのは村で聞いた最初の勇者の物語…………。

 そう……本当の……神の使いではない、人の勇者の物語……。


「…………なぁ、これ」

「悪い事は言わない、それだけはやめておきな」


 なら何で置いてあるんだ? そう思ったが口にはしなかった。


「いや、これで良い」


 この家を見るとボロボロだ、剣の傷が床や棚にあり、本がたくさんあるのにそれでも空いた棚が目立つ。

 恐らく……貴族にでも襲撃されたんだろう……。


「物好きも居た物だな、ただでさえこんなボロボロの店に入って来て……」

「本が昔から好きなんだ」


 これは嘘ではない、事実あっちの世界では本に囲まれていた。

 ラノベとかだけど物語が好きなのは間違いない。


「しかし、何でその本なんだ? お嬢ちゃん位の娘さんならこれとかどうだ?」


 そう言いながらゆっくりとした動作で杖で本を示す老人。

 そこにあったのはお姫様と数人の騎士の物語。

 うん……。


「あー……悪い興味がない」

「昔は人気だったんだが……いや、お嬢ちゃん位可愛らしいと言い寄ってくるのが多くて困るからかもしれないな」


 ああ、うん……言い寄られた事はあるな?

 実際、面倒この上なかったが……いや、思い出すのは良そう。

 そんな事を考えていると老人は訝し気な視線をし……。


「この爺をいたわって本を買ってくれるなら嬉しいが、尚更その本だけは辞めて置いた方が良いぞ?」

「そうじゃない……ただ俺は……」


 俺は……なんでこの本が欲しい?

 物語の内容はもう知っているはずだ……魔物に困っていた人々……そんな中少年とドワーフは一本の剣を作る。

 それで戦う様に言ったが、魔物に怯えた人々は誰も剣を取らなかった。

 しかし、少年は妹を守る為に自ら剣を握り、魔物に打ち勝つ……最初の勇者の物語……。

 今更本で確認する理由もない。

 だけど、目について自然に手に取った。


「………………俺は……」


 表紙を見下ろし考える。

 何故かクリエの顔が浮かんだ……アイツの笑顔は好きだ。

 いや、笑顔だけじゃない……だから、クリエが不幸になるのだけは避けてやりたい。

 これは俺のわがままだ……俺は勇者や英雄じゃない。

 そんな力はない……だけど、それでもこの本に描かれているだろう本当の勇者には親近感を覚える。

 大切な誰かを守りたいと思う気持ち……それが恐怖に打ち勝ち、戦う意志になる事。


「…………」


 俺は……の後の言葉が思い浮かばない。

 だけど、その何かがこの本から手を視線を離せない理由だろう……。


「そうか……ならその本はくれてやる」

「……は?」


 突然言われた言葉に俺は顔を跳ね上げる。


「その本の内容を知っているな? 伝承でもあるからな、どこかで聞いたんだろう……」


 老人はそう言うとゆっくりと立ちあがり……。


「覚悟無い者には譲れん本だ……答えられずともお嬢ちゃんの意志は変わらんだろう?」

「…………ってこれだけの本!」


 俺は思わず頷きかけ、本の代金を払おうと慌てて懐に手を入れる。

 すると……。


「それを譲るまでがワシが決めた事だ……」


 とだけ口にし、老人は微笑み奥へと消えて行く……。


「ちょ!?」


 俺は慌てて追いかけるが、追いつけるはずなのに老人の姿はどこにも無く……奥にあったのは……。


「………………」


 ボロボロの服をまとった骨。

 周りは黒く汚れていて……老人の姿はどこにも無かった。

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