16 湖での出会い
キューラとクリエはカインの記憶が決して妄想では無い事を告げる。
確かに彼の傍に居たであろう混血の魔族は消されたのだと……
キューラは彼にその人の事を忘れないように告げるとその胸に魔王討伐を強く誓うのであった……
チェルの素朴な疑問へと答え、カインの悩みを聞いた俺達はクリードへ向けて歩き続けていた。
「…………」
元気になったカインとは別にチェルは落ち込んでいて……その理由は先程の話だ。
あの後、彼女達には俺の事を含め真実を話した。
そして、カインの記憶が偽りで無い事を知った彼女は悲しげな顔を浮かべている。
声を掛けようにもどう言ってやって良いのか分からない。
彼女は悪くない、かといってカインは存在を覚えているのに自分は忘れていて思い出せないと言うのは辛いのだろう……
「そろそろ休憩にしましょう。水辺が近くにありますし、あそこで」
「あ、ああ」
クリエはそんな彼女を気遣ってか湖を指差しそちらへと向かって行く……
「チェル……」
「は、はい……」
俺は彼女の名を呼び湖へと導いた。
湖へと着いた俺は辺りを確認する。
周りには青々とした草や色とりどりの綺麗な花、向こう側には湖の水を飲む動物たちが見える。
これなら飲んでも問題はなさそうだ……確認が済んだところで手で水をすくい取って飲んでみる。
「冷たいな……それに美味い」
その水は冷たく、飲みやすい……丁度喉が渇いていた事も手伝ってるのだろうか? ただの水のはずなのに美味しいと呟いてしまった。
これ軟水なのか? まぁ、ありがたいし水袋に入っているのと交換しておこう。
「そんなに美味しいんですか?」
俺が水袋の中身を捨てているとクリエが目を丸くしつつ尋ねてきた。
「ああ、持ってきたのより全然美味い! 皆も変えておいて損はないぞ」
動物が飲んでいる以上毒が無いのは分かり切っているし、同時にあれだけのんびりとしているって事はこの湖は比較的安全だって事だ。
クリエは恐らくチェルを気遣っただけだろうが休憩には持ってこいの場所だな。
そんな事を考えていると当の本人は首を傾げつつ俺と同じように水を飲み始めた。
「本当に美味しいですね……まるで山の湧水の様ですよ……」
その美味しさに驚いてるみたいだが、なるほど山頂の湧水ってこんなに美味いのか……
「スライムでも居たりしてな!」
そう言いつつ横で水を飲み始めたのはカインだ……
なるほど、スライムか……とは言っても……
「会うのはごめんだな」
コボルトの時でも想像したRPGでおなじみのスライムだが、この世界では生態が全然違う。
近づかなければ襲って来ない大人しい魔物ではあるが、縄張り意識が強く最初から住んでいるもの以外が下手に近づくと捕食されじわりじわりと溶かされ殺されるらしい。
おまけに水辺に生息していて誤って飲み込んだ人の腹から出てきたと言ううわさ話まである魔物だ。
だが、その一方でスライムには水を真水に変える力があるらしくその水で作った野菜などは美味い。
おまけにその水だけでも美味しいらしい。
スライムの種類によっては他の力もあるらしいが……メリットの反面デメリットが喰われるという恐ろしい事の為、会いたくない魔物だ。
「でも、ここは早めに立ち去った方が良さそうですね、こんなに美味しいなんてスライムでも居ない限りありえませんよ。少し休んだら行きましょう」
「そ、そうだな……」
クリエの脅しに俺は屈し、彼女の提案を受け入れる。
残念そうにしながらチェルの方へと顔を向けるとやはり塞ぎ込んでいる。
やっぱり心配だな……そうだ! この水で林檎を冷やして食べてもらうのも良いかもしれない、落ち込んだ時は美味い物を食べるに限る。
二人がチェルの所へと向かったのを見計らい俺は林檎をいくつか水につけようと準備をする。
にしても、この林檎赤くって美味しそうだな……いや、美味いのは分かってる。
一個かじってしまおうか? いやいや、折角なんだ冷やしておこう……俺はそんな事を考えつつよそ見をしながらもう一つ林檎を取ろうとした。
すると俺の手に振れたのはなんだか冷たく柔らかい物体で……
「………………」
全身の血の気が引いて行くような気がし、ゆっくりとそちらへと振り返ってみると……
「ひっ!?」
そこに居たのは透き通った緑色の物体。
スライム……その中でもセージスライムと言われる分類の魔物で――俺は慌ててしまい林檎をひっくり返してしまった。
「わ、悪い……別に攻撃しようとしたんじゃない、そ、それに荒そうとしに来たわけ、でも……ない」
プルプルと震えるそれに俺はそう伝えるが相手は魔物通じる訳が無い。
ま、まずい……そう思う間もスライムはじわりじわりと俺へと向かって来て――
「キューラちゃん!!」
クリエが気が付いてくれたんだろう、俺の名を呼ぶが同時にスライムもその身を跳ねさせ飛び掛かってくる。
「うわぁぁぁ!!!」
思わず頭を覆い、身を守ろうとしたが相手がスライムでは意味が無い。
はず……?
「キュ、キューラ……ちゃん……?」
「あ、あれ?」
痛みも何も来ない事に不思議に思った俺はゆっくりと瞼を開いてみるとスライムが居ない。
あれ? 何処に行った? 慌てて探してみるとスライムはすぐに見つかった……
「お、俺がさっきばら撒いた林檎?」
そこには林檎に必死に食らいつくスライムの姿があった。
こいつの狙いは林檎? いやそんな馬鹿な……スライムはここら辺に生息する魔物の中でも脅威のはず。
そんな魔物が縄張りを荒らすであろう人間をそっちのけにし、ほのぼのと林檎を捕食するだろうか?
俺が疑問を感じていると林檎一つを体の中に取り込み終わったスライムは再び飛び上がり――
「うわぁ!?」
俺へと襲い掛かってくる。
今度こそ喰われた!? そう思ったのも束の間――ひんやりと気持ちが良い感覚が太もも辺りに広がり……
「…………」
スライムと目があった様な気がした。
相手はスライムで目なんて無いのに……だ……
「……え、えっと……魔族には魔物が懐く事があると聞いた事がありますが……まさか、スライムが懐いた? とかですか?」
「し、知らない、というか何もしてないぞ?」
服が溶けるとかは無いし、消化液は出していないみたいだ。
安全なのかを確かめる為にもスライムを持ち上げて太ももから降ろしてみる。
するとプルプルと震えたスライムは再び俺の太ももに乗っかり……どこか満足気だ。
「な、懐かれてる……みたいですね?」
「み、みたいだな…………」
クリエにそう答えると俺はスライムへと目を向ける。
そこには俺の太ももの上でじわりじわりと林檎を溶かし始めている緑色のスライムが居た。
なんなんだ……このスライム……