142 キューラの意志
キューラはクリエを守るという思いはより強く固まった。
しかし、クリエはどうやら納得がいっていない様だ。
彼女はただただ馬鹿と言う言葉をキューラに繰り返すのだった。
女の子の悲鳴が聞こえ、俺達はごくりと喉を鳴らす。
間違いない……今の悲鳴はきっと……。
「あ、あの子だ……」
イールは怯えきってステラにしがみつく様にしながら震え、俺は……。
クリエの方へと目を向ける。
彼女はまだ立ち直っていない……とにかく、声のした方へと確かめに行かなくちゃいけないな。
そう思ったのだが……。
「キューラ達は此処で待ってな」
「トゥスさん!? 一人で行くつもりなのか!?」
俺が驚くと彼女は溜息をつきクリエと俺の足を交互に指差す。
「あのね、クリエお嬢ちゃんがそんな状態で放って置くのかい? それにキューラの足、まだ治ってないだろ? それじゃ足手まといだ」
うぐ……悔しいが何も言い返せない。
確かに今の俺は足手まといだし、クリエを放って置く話にはいかない。
かと言って……。
「ならせめてライムを――!!」
「足を誰が治すんだい?」
そうだった……俺は今ライムのお蔭で歩けているようなものだ。
しかし、レムスはもうクリードに向かわせてしまったし、この場でついて行かないのも不安だ。
トゥスさんを信用してない訳ではない。
だが、万が一があったら誰が馬車を……。
「何か気にしてるみたいだけど何も問題はないよ、アタシ一人なら見に行って帰って来るだけだ……それよりも助けるんだろ? なら早くいかないと死ぬよ?」
助けるんだろ? の所から明らかに声を落として言って来たトゥスさんは恐らく助ける義理は無いっと言いたいんだろう。
だけど……どういう訳か、俺の意見を尊重してくれるみたいだ。
「分かった……頼む、トゥスさん」
「ああ、任せておきな……」
俺の言葉に悪人染みた笑みを浮かべた女性は銃へと弾を込めるなり、森の奥へと消えていく……これで、その貴族の娘は助けてもらえるはずだ。
そう思った時――。
「ああ! うっとおしい枝だね!!」
見送るその後ろ姿はやはりエルフと言うには無理がありそうな感じだ。
その証拠に……。
「「エルフって‥‥‥怖い」」
イールとステラが彼女を見てそうぼそりと口にしたって!?
「トゥスさん!? 案内は!?」
俺は慌ててそう叫ぶと返事は奥から返って来た。
「邪魔! 声が聞こえたし、いらないよ!!」
うわぁ、なんとも彼女らしい答えが返ってきたな……邪魔と一蹴された二人の少女は顔を青くしたまま、此方へと振り返る。
と、とにかく……そうだな……。
「トゥスさんが帰って来るまでここに居よう」
それしかないよな、俺……馬車動かせないし……。
トゥスさんが去ってからどの位の時間が過ぎただろうか?
イールがおずおずと俺の方へと近づいて来た。
「どうした?」
俺は彼女の方を向き尋ねると……何故かクリエは抱き着いて来た。
油断をしていた……が、機嫌が直ったのだろうか?
「……キューラちゃんは馬鹿です、大馬鹿です」
いや、語彙力の無い罵倒が聞こえるし、うちの勇者様はまだご機嫌が悪い様だ。
と言うか怒った時のクリエの語彙力の無さは一体なんなんだ?
ずっと馬鹿馬鹿と繰り返されながらも、イールの方へと目を向けると彼女は――。
「あ、あの、本当に……勇者様は犠牲になるのですか?」
「それよ! それ! 一体どういう事なの!? 勇者は世界を救ったら人知れず神の国に帰るか、どこかで平穏に暮らすって聞いた!」
ステラも同じ疑問だったのだろう、そう口にし……俺は首を縦に振る。
これ以上、隠しようがないからだ。
「ああ、勇者は奇跡を使うと命が奪われる……そうやってこの世界はずっと勇者の命に救われてきてたんだ。それも逆らえない様に人質を取ったりしてな……」
俺の言葉に二人は声を無くす……当然だろう、それが普通の反応だ。
「で、でも勇者が奇跡を使わなければ世界は危ないんじゃ?」
と思った所そう反論してきたのはステラだ。
彼女の言葉も最もと言えるだろう……何故なら……。
「そうやって貴族や王は嘘をついて来たんだよ。戦争を止めるのも、魔王や魔物を倒すのも力を合わせれば俺達にも出来る事だ。それなのに楽な方をたった一人の命を奪う方法をずっと選んできた」
俺はそれがおかしいと思う。
確かに世界は救われる……だが……クリエは泣いていた。
「その人が泣いてるのに生きたいと言ってるのに……その言葉を聞かずにな」
その言葉に二人は再び黙り込み……暫くすると……。
「ご、ごめんなさい」
ステラの謝罪の言葉が聞こえた。
「き、気にしないでください!」
そう言いつつクリエの腕には力が入るのが分かった。
やはり、怖いのだろう……そう思っていると……。
「あの、これ……」
「なんだ? 羊皮紙?」
イールは俺に一枚の羊皮紙を渡して来た。
一体これは……。
「あの……むかし、お爺ちゃんから聞いたんです! その……わたしは知ってて……だから、それ……何時か来る人の為にって……」
知ってって? つまりイールは勇者の事を知っていた。
いや、そうとしか聞こえない。
それに何時か来る人の為!? どういう事だ!?
「それに書かれてる街に行けば……その……」
彼女はおどおどとしながら必死でなにかを伝えようとしている。
俺はその羊皮紙へと目を向けると、そこに書かれていたものは……。
「シュター武具店……」
店の名前だった。




