139 目覚めの朝
トゥスがアウクと呼んだ人物。
それは彼女の父の仲間であり、そして……何かを成そうとしている者だった。
その事を思い出しながら、彼女は眠るキューラに優し気に語り掛ける。
「――――ちゃん! キューラちゃん!!」
誰かに呼ばれる声が聞こえる。
「…………んぅ」
だけど、昨日の疲れが残っているからだろう……俺は眠気には勝てず再び夢の中へと落ちようとしていた。
「―――――――うへへへぇ……」
だが、何か不穏な空気を感じうっすらと目を開けてみると……。
そこには元々は美しい女性の歪んだ顔があり、彼女はその瞳を怪しく輝かせ……口元からは涎を垂らしている。
まずい!? と判断した俺は慌てて……。
「ク、クリエ!? 目を覚ましたのか!?」
裏声になりつつ彼女に問うと、慌てて表情を戻した彼女は――。
「え、えっと疲れて倒れちゃったみたいですね?」
そんな事を言い始めた。
いや、疲れてって訳じゃなく魔法を使おうとした影響だろう……って事は言わない方が良いのだろうか?
俺が疑問に思いつつも百合勇者に襲われなかったことに安堵し、体を起こすと……。
「いや、魔法を使おうとして倒れたんだ。もし対処が遅かったらクリエお嬢ちゃんは死んでたよ」
低い声でそう言うのはトゥスさんだ。
俺は慌てて周りを見回すが、どうやら他の子達は寝ているみたいだ。
「死……死ん?」
「と、とにかく、一旦外に出よう……!」
ここで話せる内容ではない。
俺は起き上がるが、脚は相変わらず痛みを訴え……。
「っ!?」
「キューラちゃん!? ど、どうしたんですか!? その足!!」
足を触ろうとするクリエの手を制し、俺はまだ足にまとわりついて治療をしてくれているライムへと目を向ける。
一晩治療をしてくれているのに痛みはあまり変わらない……。
とは言え、やっぱりじわりじわりとは治って来てるのだろうか?
「外に出よう」
俺はそれだけを繰り返しクリエも立たせると馬車の外へと向かった。
その後は馬車が見える少し離れた場所に行き、事の顛末はトゥスさんが説明をしてくれた。
するとクリエは青い顔をし……話を聞いていた。
自分が死ぬかもしれなかったんだ。
怖くてそうなるのは当然だと俺は思っていた。
「それで……他人から命を……?」
「っと言っても、闇商人だ。あの馬車の中に居るお嬢ちゃん達も助けられた、村は焼けちまっていたけどね」
トゥスさんはそう言いながら煙草をふかしている。
クリエはと言うとゆっくりとこっちへと近づいて来るなり、その手をゆっくりと持ち上げ……。
「ん? クリエ?」
彼女の名前を呼んだ時、それは俺の頬へと当たり――森の中に音が鳴り響いた……。
「っ!?」
頬を叩かれた……そう理解したのは少し経ってからだった。
「ク、クリエ……?」
人の命を奪えは嫌われてしまうのではないか? そう思っていた考えていた……。
だけど……。
「私は! 私は誰かの命を奪ってでも助けてくださいなんて言ってません!!」
それが現実になるとは心のどこかでは思っていなかった。
「…………」
トゥスさんは黙っている。
これは分かっていた事だろう? 恐らくそう言いたいのか、それとも俺がどういう風に出るのか試しているのか……それは分からなかった。
だけど……。
「私、私は勇者です! だから、私なんかの為に他の人の命を――!!」
この言葉を聞いて俺は黙っていられるわけがなかった。
勇者? 私なんか? ――――!
「――ふざけるな!!」
俺は初めてクリエに対し怒鳴り声をあげた……。
いや、怒鳴る事自体あまりない、でもこの言葉にだけは耐えれなかった。
「何が勇者だ! ただの生贄だろ!? 私なんか? お前が死んだら必死に守ろうとしてきた俺達は何なんだよ!?」
「そ、それは……」
この世界に来て、俺は俺が死んだことを理解した。
だけど、どうでも良かった……ネットにも現実にも友人は居た……だが、それは友人だったのかすら分からない関係だ。
両親も居た、だが……今の親とは違い無関心だった。
だからこそ、新しい世界に馴染めたのだろう……。
だからこそ、こっちの世界では死なれる事と死ぬ事が恐ろしいんだろう……。
だからこそ、向こうの世界の人々の顔は覚えてないんだろう……。
そして……クリエも同じだ……大切な誰かが居て、大切な何かがあるから死を恐れた。
現に今だって……。
「そんなに震えながらな……そんな事を言われて、勇者だから仕方ないね、何て言える訳がないだろ!!」
「キューラちゃんに……年下の貴方に何が分かるんです!? 良いですか、貴方は勇者の為に人を殺したんですよ!? 今回は犯罪者相手だから良くても次に同じ事があったら……」
殺される? そうか、確かにそうかもしれない。
だけど……。
「なら強くなって、返り討ちにすれば良い」
「そんな事――!!」
「クリエを死なせるより遥かにマシだ!!」
たった一人にすべてを背負わせ続けてきたこの世界。
そんな世界救ってやる義理なんてクリエにはない。
『王貴族はまるで地球の政治家だな……本質は自分の利益だけだ』
思わず口から出そうになった言葉を俺は押しとどめる……。
二人に行っても意味が分からないだろうからな……まぁ、別にまた変な事を言ってると言われるだけなんだけど……。




