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138 記憶

 アウク・クーア……男の名を呼んだトゥスは昔の事を思い出す。

 遠い記憶の中……その男は彼女とは何かがあるようだが……。

「アウク!!」


 それは彼女がまだ幼い少女……キューラと同い年位の時の話だ。

 父を亡くした彼女は故郷にとどまっていた父の仲間である魔族の元へと尋ねるなり、彼の服を引っ張る。


「何だ……」


 気だるそうに……いや、面倒くさそうに顔を向けた魔族に対し彼女は眉を吊り上げ叫んだ。


「あれ! 教えてもらえないかい? あれは魔力があれば使えるんだろ!? それも人間以外なら!!」


 そう、彼女は目の前の男アウクが開発した魔法を教えてもらおうと考えていたのだ。

 しかし、アウクと呼ばれた男は溜息をつき……。


「お前には無理だ」


 返ってきた言葉はトゥスの予想通りの言葉でもあった。


「何よりお前には精霊銃があるだろう? それで十分だ」

「そんなの! 設計図はもう国に取られちまったし、奴らが作り方を覚えれば時期に人間の国にだって溢れる!! アタシには力が必要だ!」


 彼女の言う事は最もだ。

 しかし、アウクは思う所があったのだろう……その赤い瞳をゆっくりと彼女へと向ける。


「アレはお前には使いこなせない……」

「なんで!? アタシだって勇者を!」


 そこまで言いかけた少女に詰め寄った魔族は低い声で告げた。

 条件は満たしている。

 トゥスはそう感じていたし、事実彼女の魔力もその歳で高品質な精霊石を生み出すほど高かった。

 しかし、使いこなせないとはっきり言われては納得がいかないのだ。


「ならば、問おう……お前は本当に勇者を助けるべきだと考えているのか?」

「……………………っ!!」


 その言葉にびくりと身体を震わせる少女、彼女が震えた理由は単純だった……アウクもそれを察したのだろう、それを見て優し気な表情へと変わった魔族は彼女の頭を撫でる。


「それが普通だ……俺達だってやろうと思えばできたはずだ……だが、行動に移せたのは死んでからだ……」

「でも……アタシは!!」


 父の意志を継がなければならない。

 そうアウク伝えようにも覚悟はあれど彼女は疑問を感じた。

 これまで勇者はその身を魂を捧げる事で世界を保ってきた。

 本当に救うべきなのだろうか? っと……。

 もし、救ってしまった事で世界が滅びてしまえばそれは意味がないのではないか? と……。


「良いか? この世界の人間はまるで一種の洗脳にかかったかのように勇者の死を受け入れている……それは俺も同じだった……さっきも言ったが、その呪縛を解けたのはあいつのお蔭だ」


 そう言って彼の視線の先には身籠り腹が大きくなっている女性の姿があった。

 彼女はエルフの里に身を隠している女性だった……そのお腹を愛おしそうに撫でつつも、その瞳には悲しみの色が見えた。


「あいつが居なければ、俺達は誰一人として疑問を感じなかった。だが……女の涙と言う物は俺達を正気にするほどの何かがあった……だからこそ、俺は賭けたんだ……この呪いじみた考えを打ち破る者に力を授けると」

「で、でも今まで一人として生き残ってないじゃないかい!! そんな人間――」


 現れない! トゥスはその言葉を飲み込んだ。

 それを言ってしまえば父の死そのものを否定する事にもなるからだ。


「この世界ではない何処からから来た者なら、可能性があるんだがな……」

「それこそ無理だ……魔法で移動なんて出来やしない」


 魔法とは身体能力の一部でもある。

 だからこそ、使い過ぎれば身体の節々にある魔力器官が痛みを訴える。

 それを知るトゥスは皮肉気に呟くと……。


「だから、待つしかない……そしてそれはお前ではなく、お前が死んだ後に生まれる命かもしれん。だが、一つだけ俺のすべてを賭けても良い事がある……もしお前が会うことが出来れば、今のその感情も薄れていくかもしれんな」


 何処か得意げに言うアウクにトゥスは半眼で睨みつける。

 すると、アウクはトゥスの頭を再び名で耳元へと口を近づけると彼女にだけ聞える声でなにかを告げる。


「――――ちょっと待て! それじゃ!!」


 トゥスはその言葉を聞き彼に尋ねるが、彼はもう話す事は無いとでもいう様にその場から離れていく……。







 それが、彼とかわした最後の言葉だった。

 トゥスは煙草の煙をぼんやりと眺めながら……再び煙草を咥える。

 そして、紫煙を吐き出すと……。


「確かに、不思議なもんだね……本気で助けようとしてるからなのか、なんなのか……こっちまで感化されちまったみたいだね」


 魔族譲りの悪人染みた笑みを浮かべたトゥスは……クククと笑い声を発し……。


「珍しい事もあるもんだ……アタシより賭け事が苦手なアンタが初めて当たったのが大当たりみたいだね」


 そう口にし、煙草を地へと落とし足で踏み消した彼女は――馬車へと視線を移す。


「悔しいけど、確かにアタシじゃなかった。だけどね、アンタのお蔭でやるべきことは果たせそうだよ。キューラ……」


 何処か優し気な声は誰にも聞かれることが無く葉の擦れる音の中に消えて行った。

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