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137 葛藤と意志

 キューラが眠りにつき、目を覚ますとあの墓場の前に居た。

 彼はアウクに強くなる方法を問うが、帰ってきた言葉は決して甘いものではなかった。

 そして、告げられる右目の不調とアウクの関係性に戸惑いを隠せないキューラは問い詰めようとしたが……。

 無情にも時間切れになってしまったのだった。

 起きると其処は馬車の中で俺の隣にはクリエの姿があった。


「…………」


 彼女は規則正しい呼吸をして寝ているみたいだが、まだ目を覚まさないのだろうか?

 この世界に来て……いや、これまでの記憶の中、初めて救いたいと思った人。

 勇者であり、そして残酷な運命を背負った女性。

 まるで神の声を聞き勝利へと導いたというのに魔女と呼ばれ、嵌められ火あぶりになったジャンヌダルクの様だ……。

 唯一違うのは彼女が自ら死を選ぶことで世界は束の間の平和を得られるって事だが……。

 本当に……ふざけた世界だ。

 そう思いつつ、俺は気が付かない内にクリエの頭へと手を乗せていた。

 髪は思ったよりもずっと柔らかく……まるでシルクでも触っているかのようだった。

 前世の地球とは違い、道具が少ない分、こっちの世界は髪の手入れは難しい。

 俺自身困る程度にはそうなのだから、女の子であるクリエなんかはもっと大変なんだろう……。


「絶対に守ってやるから……」


 世界を守りたい訳じゃない。

 英雄になりたい訳じゃない。

 俺は俺のまま、俺がそうしたいと考えたんだ。

 だから、俺はクリエが守れればそれで良い……だからと言って仲間や他の人を蔑ろにする訳にはいかない。

 守る為には仲間が必要だ。

 そして、その為には今いる魔王と同じやり方じゃ駄目だ。

 クリュエルがいや……ファリスがされたように見捨てるようなやり方じゃ……それには俺自身が強くなければならない。


「…………」


 思いだけで守れるならこんな事を考える必要ない。

 俺は転生の時にチートを貰ってはいないんだ……。

 アイツ(アウク)の言う通り、俺自身が強くならなくちゃならない。

 力は貰った……それを扱いこなせるように強くならなくっちゃ……。


「焦ってどうするって言うのさ」

「――っ!?」


 闇夜の中、突然聞こえた声に俺は振り返る。

 そこに居たのはトゥスさんだ。


「別に焦ってなんか……ない」

「その様子でよく言うね……」


 彼女は腕を組みながらそう言うと溜息を一つ吐き横に座り込む。


「アタシから言えるのは……良く戻って来たねって事だけだ」

「…………」


 突然の言葉に俺は黙り込む。

 戻って来れたのは奇跡だ、偶々あいつが俺に興味を持ち、見逃してくれたに過ぎない。

 レムスだって、偶々好物が近くにあったからだ。

 今も足を治療してくれているライムだってそうだった……。


「運は実力の内……か」


 俺はぼそりとその言葉をつぶやく……するとトゥスさんはさらに溜息をつき……。


「運に頼ってるようじゃ成長は無いよ」

「……そんな事は分かってる」


 分かってはいる。

 だけど、これからどうしたら良い? 修業をするにも教える人が居るのと居ないのとでは違う。

 いや、正しくはやり方が分かっている魔法や剣術ならある程度は効果があるだろう。

 しかし、魔拳を使うための体術は違う……幾ら学校で習っていても基礎しか習っていないんだからな。


「けどね心配しないでも、キューラはちゃんと成長をしてる」

「あのな、それじゃ遅いんだ!!」


 俺はクリエ以外の人達も寝ている事を思い出し声をひそめながら強い口調でそう言った。


「遅いからどうだって言うんだい? 今日明日で突然強くなるわけがないんじゃないかい? 必要なのはしっかりとした基礎、そして鍛練だ」

「それはそうだけど!」


 分かってる、それは分かってはいるんだ……。


「はぁ、今日はもう寝ておきな……興奮してたら疲れも取れない」


 トゥスさんはそう言うと俺に向けて袋のような物を投げてきた。

 そこからは微かに良い匂いがし……そして――。


「お休み……」


 そう言われると途端に眠気が強くなり、俺の意識は途絶えた……。








 闇夜の中、エルフ女性は馬車から降りると火打ち石で煙草に火をつける。

 そして、紫煙を闇の中に吐き出すと――その口からぼそりと呟いた。


「あの子が本当にアイツの言っていた人間だとしたら……本当にずるいね」


 灰を地面へと落とし、皮肉気に笑うトゥスは近くの岩へと腰を掛け……。


「あんな力を使いこなせるはずがない……だってのに何で今頃、それもあんな子供に授けたんだい? 同調しやすいってだけなら他にもいたはずだ」


 その質問は誰かに向けられたものなのだろう、しかし誰も答える者は無く……それを知っているトゥスはゆっくりと瞼を閉じた。


「それとも、優秀な身体でも手に入れてアンタは本当に魔王になるつもりかい?」


 そして、顔を持ち上げゆっくりと瞼を開くと――。


「アウク……クーア」


 その名を口にした。


「…………」


 だが、一人で呟くのは変わらない……。

 くだらない問答だ、そう切り捨てながらトゥスは幼い日の記憶を探る。

 それは……彼女にとってたった一人の大事な家族であり、同時に軽蔑すべき者でもあった父が処刑された数日後のことだった。

 それが、彼と交わした最後の会話だったのを彼女は覚えていた……。

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